豪華の連発
今年は何やらデラックス・エディション等での再発が目立つような気がする。こういったリイシューは当然ながら毎年行われているが、私にとって引っ掛かる作品が多いという意味だ。前回紹介した『源平討魔伝』30周年アニバーサリーに関するリリースも、勿論これに含まれる。
かといってこまめに購入しているわけでもなく、ただただ後回しにしているだけなのであった。今iTunesを確認したところ、そもそも今年はまだ殆ど新譜を買っていないようである(再発・新作含め)。8月も後半に差し掛かっているのに、本当に欲しいと思った作品を全て揃える事が出来るのだろうか。年末恒例のランキング作成に関しても、既に暗雲が立ち込めている。
ひとまず、個人的に気になる豪華盤をメモ代わりに取り上げてみた。
The Queen is Dead / The Smiths
The Smithsのボックスを買った記憶も、そこまで過去のものとは思っていない。
だが、B面やレアトラックの類は今までカバーできるような作品を買ったことがないので、そういった曲が聴けるのは非常に魅力的だ。これは何の迷いもなく“買い”である。
シングル集を代表的な作品に挙げられる事が多い彼らだが、オリジナル・アルバムとなるとやはりこの作品なのだろう。今までデラックス・エディションが発表されなかったのが不思議なくらいだ。
1977 / The Jam
『All Mod Cons』『Setting Suns』『Sound Affects』『The Gift』が既にデラックス・エディション化済みのThe Jamだが、1stにして代表作の一つ『In the City』はともかく、Paul Wellerが非常に嫌っているという2nd『This is the Modern World』の再発は考え難かった。
だが『In the City』の再発は多くのファンに待ち望まれているはず。しかしこれをデラックス・エディション化してしまうと、『This is the Modern World』だけ放置されるという大変不自然な状況に陥る事になる。そこでこの2作をまとめ、1977年の作品という区切りでボックスにして再発するという力技に出たようだ。なるほど、上手く考えたものである。
上記のような事情から、恐らくバラで発売される事はまず無いだろう。よって、これを買うしかないのである。間違いなく購入予定、今年中かどうかはわからないが。
Sgt Pepper's Lonely Hearts Clu
- アーティスト: Beatles
- 出版社/メーカー: Capitol
- 発売日: 2017/05/26
- メディア: CD
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Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band (Deluxe Edition) / The Beatles
この記事を書くにあたり、何か忘れているなぁ…と思ったら大本命をすっかり見落としていた。
『Sgt.~』40周年エディションを買う理由を探している。さすがに「Within You Without You (Take 1)」だけではちょっと。「Fixing a Hole」と「Sgt.~ (Reprise)」のアウトテイクが別ギターソロだったりすれば考えるんだが。
— ミカ・ラウド (@MicaLaud) 2017年5月5日
確かにリマスターボックスが出たのは2009年なんでもう8年前なんだけど、自分の感覚としては「最近リマスターで買ったしなぁ…」なんですよね、正直なところ。
— ミカ・ラウド (@MicaLaud) 2017年5月5日
基本的にはこのツイートをした時と全く気持ちは変わっていないわけだが(だから未だに購入していないわけだし)、だからといって「買わない」とは言っていない。この豪華盤の意義も十分に理解しているつもりだ。
これも今年中かどうかはわからないが、間違いなく買う事だけは確か。
Nightlife (Deluxe Edition) / Pet Shop Boys
Release (Deluxe Edition) / Pet Shop Boys
Fundamental (Deluxe Edition) / Pet Shop Boys
Amazonからのメールでリリースを知る。数年前にも『Bilingual』(1996年)までのアルバムがデラックス・エディションになっていたようだが、気が付いた時には価格が高騰していた。
今回の3作は、個人的には全て上京した後に発売された作品。『Fundamental』に至っては旧ブログに書いた事があるので、つい最近買ったような気さえする。
Pet Shop Boysはアルバム未収のシングルをコンピレーションで発売するのが通例なので(『Alternative』『Format』 )、この時期のB面曲は全て所有済み。よって、そういった音源の収集という豪華盤の魅力には欠ける。
どれも好きな作品なので迷うところではあるが…現状では見送りの可能性は高い。何しろ『Fundamental』の「最近の作品」感が凄い。他の2作もそこまで昔の話という気がしないし、自分の中でリイシューの購入動機の基準はどうやら「20年以上前に買った作品」であるらしい。
あまり関係ないが、上記の記事を読む限り、少なくとも10年前の時点では私は『Release』をあまり好んでいなかったらしい。現在では、彼らの作品中でもベスト3に入るお気に入り作品なのだが。
平家の周年
15年前、自分は今後何があろうともゲームと日本代表のTV観戦を続けていくのだと思っていました。自分を取り巻く様々な環境が速度を増していく中、どんなに忙しくともこの二つに関しては何とか時間を確保していた事を鑑み、ふとアルバイトの最中にそう思った記憶があります。
しかしあれから短くはない年月が過ぎ去った今、ゲームに関してはおおよそ10年はまともにプレイしていません。最後に買った家庭用ゲームソフトは、(数年前にポッドキャスト企画で購入した携帯ゲーム機用のものを除けば)2005年末に買ったサッカーゲームが最後です。
そもそも、その2005年には殆どゲームプレイをしなくなっており、先ほどの記憶から数年後にはゲームと距離を置いていた事になります。
理由はいくつもあると思います。時間は勿論大きなファクターですし、情けない話ですが金銭面も無視は出来ません。それ以上に、自分がこの業界の流れに取り残されていると感じました。それは一番のめり込んでいたジャンルであるRPGのPC(プレイヤーキャラクター)が、声優の声で勝手に喋り出したり、主人公の名前を変更出来なかったり、そういった現代のゲームユーザーの要望に直面した時だったかもしれません。
自分が80年代のゲーム体験をベーシックにした古い世代だという事は重々承知しています。時代に付いていけない者は淘汰されるのみ、だったら無理をして追いかける必要はないのではないか。そう思った私はゲームから距離を置いたのでした。恐らく、今後も再び家庭用ゲームのストリームに復帰する事はないでしょう。『スターウォーズ・バトルフロント』などSW関連ゲームに興味がないと言ったら嘘になりますが。
とはいえ、1987~1988年(アーケード, PCE)と1992~2004年(アーケード, PCE, SFC, PS, SS, PS2, DC)の間、私の生活の多くをゲームが占めていた事実は変える事は出来ません。
特に92年の『Street Fighter 2』をきっかけとしたのめり込みぶりは尋常ではなく、かつてのバンド仲間が「ゲーマーからミュージシャンに戻ろう!」と年賀状に書いて送ってくる程でした(ちなみに、その彼はマイノリティ界隈のDJとして現在でも名を馳せているという話)。
かつてファミリーコンピュータを買ってもらえず、自分にとってはゲームとは無縁なメディアだと思っていた小学生時代。そんな私にとって、全ての始まりとなる作品が存在します。それが、『源平討魔伝』。
横スクロール、BIGモード、全方位スクロールと3つのモードに切り替わる多彩なゲーム性、奇声を発しながら(音声合成の不完全さがまた絶妙に怖い)襲い来る迫力の敵キャラ、緊迫感を煽る硬質でドラマティックなBGM、そして何より歴史上の日本を舞台にした純和風の不気味な世界観。特に最後の要素が日本史好きで周囲に同好の徒がいなかった西園少年をいたく刺激し、一気にゲームの世界に誘っていくのでありました。
このゲームはあまり小学生向けではなかったのかもしれず、周りのファミコンキッズにはなかなか理解されませんでした。そんな中、何故か特別仲が良いわけでもなかった隣家の同級生だけが興味を示し、彼と会った時はこの作品の話ばかりしていました。
今は亡き祖父に故郷にある大きな寺に連れて行ってもらった際、そこの風景が何とも『源平』的で、2人で大はしゃぎしながら主人公の平景清ごっこに興じた事を思い出します。迷惑な餓鬼共ですね。
ちなみに、彼には貸しっぱなしのPCE版『源平討魔伝2』がありますが、未だに返却してもらっていません。K君、そろそろ返してくれないかな?
前振りが非常に長くなりましたが、そんな私の幼少期を彩った『源平討魔伝』が今年で30周年との事。おめでとうございます。
今年のブログ記事でTM Network「Get Wild」の30周年も取り上げましたが、自分に大きな影響を与えたものが次々にアニバーサリーを迎えているようですね。
それだけ、自分も着々と老いているという事でもありますが…。
30周年の事を知ったのは、ツイッターで記念盤の発売を偶然見かけたのがきっかけです。
この作品のサウンドトラックに関しては、既に10年以上前に購入済みです。
GAME SOUND LEGENDS SERIESシリーズ「ナムコ・ゲーム・ミュージック VOL.1」
- アーティスト: ゲーム・ミュージック
- 出版社/メーカー: サイトロン・デジタルコンテンツ
- 発売日: 2003/03/19
- メディア: CD
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更に、新たに加えられたボーナストラックのアレンジ・バージョンにも特に興味を引かれなかったのですが、何しろ30年です。その歴史の重み、そして私自身が受けた影響の大きさ、このゲームに関する記憶の楽しさ、そういったものを考慮し、リスペクトの意味で購入に至りました。
以前発売されていたものと同内容のリマスター盤購入には相当に慎重になるこの私が買ったのです。ケチな私なりに、お布施のつもりでした。この手の盤は、後から欲しくなっても価格が高騰して手が出せなくなる事も多いので、後悔を予防するためでもあります。
雑誌『GAMEgene』も、Amazonで繰り返し薦められたので根負けしました(買ったのは書泉ブックタワーだが)。ゲーム雑誌を買うのって、今世紀に入ってからは初めてではなかろうか。
以上のように記念品としての側面が強いので、今回は購入したものの内容に関しては特に触れませんが、どちらも資料性が非常に高く、買って損はなかったと思います。
特に『GAMEgene』に関しては、このゲームに関してまことしやかに囁かれてきた様々な噂(都市伝説)の真相をスタッフ諸氏があっけらかんと語っており、ある程度市場が確立していた80年代後半でも業界には破天荒な人が少なからずいたのだと興味深かったです。
東京からほど近くこの作品のラストステージである鎌倉は訪れず、取材と称して殆ど息抜きの京都旅行に行った…という話は当時の業界の好調ぶりを物語るようでなかなか楽しいです。確かに、京都もこのゲームでは重要な都市ではありましたが(ルートの分岐点であり、ゲーム中盤以降のゲームオーバー時の復帰ポイントでもある)。
他にも熱心にプレーしたゲームはいくつか存在しますが、アニバーサリーで関連商品を買おうと思えるのは『源平討魔伝』ただ一つです。私にとっては、ゲームの原点であり、頂点だったという事なのだと思います。
記紀の断片
出先の地図を眺めていた時、気になる名前の神社を発見したので参拝する事にした。さすがに酷暑の中を歩くのはどう考えても難しい距離であったので、7年ぶりに自転車を使う事にした。
そこに祭られている(と思われる)主祭神は、私が最後に真面目にプレイしたゲームではこのような姿だった。
14年前にプレーしたゲームの事を詳細に覚えている程記憶力が良くないので、どのような特性を持っていたかは覚えていない。
しかし、その数年後に古事記や日本書紀に関して調べるにあたり、天孫降臨にてこの日本を高天原の神に献上した古来の神に関してずっと興味があった。
アップダウンの激しい道に四苦八苦しながら、特に迷う事なく到着。
周囲は民家に囲まれ、かなり生活の匂いが濃厚な場所であったが、二基の鳥居を潜り神域へ。
石の灯篭の向こうには階段が。
水鉄砲で遊んでいた隣家の子供が、明らかによそ者である怪しい人物(私)に「こんにちは」と挨拶してきた。
階段は、実際に登ってみるとなかなか急角度であった。
まだ朝早い時間ではあるが、日差しは容赦が無い。
最初の階段を登り切ると、もう一つの短い階段が待っている。
この時点でも本殿を見渡す事ができない。
「疱瘡神社本社合祀記念植樹」という木製の碑があった。
「合祀」という事は、近所に別の「疱瘡神社」があったのだろう。
当時交通の要衝であったこの地は、多くの人馬が行き交った場所。当然、 流行り病も運ばれてくる可能性が高い。種痘が一般化されるまで、疱瘡は成す術のない重い病であった事を考えると、疱瘡神を祭った神社があったのは当然と言えるのかもしれない。
どこにあったかはわからないが、疱瘡神社は役目を終えてここに合祀されたという事のようである。時代の移り変わりを感じざるを得ない。
画像の左端では、犬がじっと私を見つめており、帰りにはけたたましく吠え出した。確かに怪しい人物である事は否定しないが、参拝者なのだからその点は少しでいいから考慮してほしいものだ。
そしていよいよ本殿へ。
賽銭箱もなければ、いわれなどを書いた看板もない。
かなりシンプルな字で神社の名前が書いてある。
周辺の地図を調べてみると、近所には「出雲大社」、つまりこの社と同じ神を祭った神社も存在する。記紀に関係する神社が何故この近辺に集中しているのか…はっきりいってわからない事だらけだが、本格的に調べてみる必要はあるかもしれない。
犬に吠えられながら階段を下ると、女児は2人に増え、今度はそのもう1人が「こんにちは」と挨拶してきた。
一応こちらも同じように返してはみたものの、それだけでは何となく居心地が悪かったので「どうもね、ありがとうね」とぎこちなく言葉を放ってその場を後にした。子供達も、得体の知れない男にいきなり心当たりの無い感謝の言葉を投げかけられて大変困惑した事かと思う。彼女達が成長した後、「子供の頃に体験した不思議な記憶」としてこの日の事をブログなりSNSなりに書く日が来るのかもしれない。
ジョージの夏
ジョージの夏といえば、当然ながら『Gone Troppo』でしょう。
- アーティスト: George Harrison
- 出版社/メーカー: Capitol
- 発売日: 2004/02/09
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トロピカルで鮮やかな日差しを感じる音、シンセを多用したニューウェーヴへの興味、そしていつも通りの優しいジョージ節。彼のアルバムの中で最低の売り上げを記録してしまった作品ですが、作品の出来にはそんな外的要素は全く関係ありません。これぞジョージ、といった音。
最近妙に愛おしくて仕方ないオープニング・チューン「Wake Up My Love」は、ポップで力強いサウンドが炸裂する「シングル向き」のパワーを持った曲。
個人的には、ダークホース時代の曲では屈指のシングル向きナンバーだと思うのですが、全く売れなかったのが悲しい。どこかで歯車が噛み合っていれば、ジョージの80年代中期のヒット曲になっていたと思うのですが。
ショボい、古いとお決まりの文句で片付けられるシンセの音も、70~80年代エレポップを聴き馴れた耳からすれば特に違和感はありません。
トロピカルなサウンドに伝家の宝刀スライドを見事に合わせた「That's the Way it Goes」「Greece」ドゥーワップをばっちり決めた「I Really Love You」、カリプソ風味が心地良い「Gone Troppo」、親友に捧げた美しいナンバー(ボコーダーによるコーラスとマンドリンが泣ける!)「Mystical One」、ジョージ印のコード進行と泣きのスライドが心を掴んで離さない「Unknown Delight」(ギターソロでの「Something」のセルフパロディも最高!)、Billy Prestonの低音コーラスも渋いブラックなナンバー「Baby Don't Run Away」、「オ・ラ・イ・ナ・エ」の呪文もインパクト大なポップチューン「Dream Away」、The Beatles時代に書かれたミステリアスな「Circles」…どの曲も、初めて聴いた瞬間からすぐにお気に入りになりました。
このアルバム、全く売れなかったのでチャート的には失敗作とされるのは理解出来ますし、当然だと思いますが、私がジョージを本格的に聴き始めた頃に参照した本では内容的にも芳しい評価をされていませんでした。ライターの先生方は本当にちゃんと聴いたのかな? と若輩者ながら疑問が消えなかったのを思い出します。
この作品に関しては、共同プロデューサーのPhill McDonaldが「ジョージの音楽を理解出来るのは彼のファンだけ」と評した影響があったのかもしれませんが、当時のビートルズ評論本では『All Things Must Pass』『Living in the Material World』『George Harrison(慈愛の輝き)』『Cloud Nine』(あとTraveling Wilburysの1st)以外はまともに作品として扱われていないような印象すらありました。
誰かの評論は、あくまで参考程度に読んでおくべきなのだなぁ、と当時の私は学んだわけです。四の五の言わず、自分の耳で確かめよう! という事です。
Wondercliff
ブログに書く事がないので、ここを再び訪れてみる事にした。
前に友人と行った、地元の断崖絶壁にある小さな小さな社に行って高所恐怖症のゾワゾワ感をまた味わいたいと思っている。我ながらマゾだ。
— ミカ・ラウド (@MicaLaud) 2017年5月27日
我が故郷を何らかの形で発信出来ないかという友人(yuz氏)の提案で、寺社仏閣等の史跡を巡ったのがこの時。Googleマップを頼りに、名前が載っている場所を幾つか回ってみたのだが、これといってフォトジェニックな所はなく、かなりの長距離を歩いただけでこの日は終わった。
上記のツイートの場所も、本当に地域の人しか知らないような小さなもので、あまり紹介出来るようなものではなかったのだが、とにかく独特な場所にあった。個人的には、この日巡った場所で一番記憶に残ったのがここである。
前述通り、崖のような所にある社なのだが、高所恐怖症の人は訪れるのを躊躇ってしまうようなシチュエーションなのだ。
今回は、そこを目指して一人で出発。ショートカットルートを発見したので、当初の想定よりはずっと早く着いた。それでも、徒歩で片道40分はかかるが。
近くの坂道から撮った写真。お稲荷様である。
中央右寄りにある石柱が、目指す社。
上の写真だとわかりにくいが、一応ここに通じる道がある。
このように、それはかなり狭いものなのだ。
写真の撮り方がヘタなのでいまいち伝わり難いのだが、かなり急な崖だ。
真下に見えるのは人家。実際に立ってみると、それなりに断崖絶壁に感じるのだ。
正確には、絶壁ではなく角度は少しある。
これも撮り方が下手なので、崖が低いようにみえてしまうなぁ。
眼下には田園風景、そして近隣市町村への道路が見える。
人家が入らないようにトリミングしたら、画面の殆どが空になってしまった…。
社自体を撮るのは何となく失礼なような気がして、今回は控えた。というよりも、全景を撮ろうとすると崖の下に落下する危険性があるので不可能だ、と書いた方が正しいのかもしれない。
それにしても「写真が下手で高さが伝わらない」と先程から書いているが、今回の来訪ではあまり恐怖心を感じなかったのも事実だ。わざとギリギリの所まで足を踏み出してみたりもしたが、「高所恐怖症のゾワゾワ感」はついぞ味わえなかった。
やはり、前回訪れた時と違い草花が茂っているせいなのかもしれない。それが高所であるという感覚を鈍らせているように思う。勿論、私の馴れもあるだろうが。
社にある石版にはこの御稲荷様の由来が書かれているが、風化が激しく文字が判別出来ない。それほど古いもののようには見えないのだが。今回も、ちゃんとお参りして失礼する事にした。
しかしこういった小さい場所でもGoogleマップに載っているという事実に驚くし、好奇心を煽られる。
地域の人がマップに登録したり、写真を載せたりしているのであろうが、こういった外部からの来訪者からは見過ごされがちな場所にも古くからの由緒があり、歴史の中で信仰の対象として機能してきたという確たる証拠があるのだ。
実は、10年前にも似たような事をブログに書いていた。
そして謎の祠に着いたが、周りに人が多く、著しく緊張感に欠ける。 それに、去年この場所を発見した時のような興奮はなかった。あの時は、「よく知っているはずのこの土地に、こんなものがあったのか!?」という事実のみが自分を昂ぶらせていたのだな、と少し寂しくなる。
とはいえ、ミステリアスな雰囲気は十分に漂っていて、写真を撮るのをためらってしまった。 いくつかの小さな、道祖神のような石祠に護られるように木造の本堂(これも小さい)が建っている。
これだけ小さいものだと、土地のお年寄りに訊いたりしないと由来などはわからないはずだ。 こうしてその地区の、狭い地帯だけで信仰されてきた社が無数にあるのだろう。それを考えると、人の数だけ歴史があり、歴史というのはそう単純なものではないなぁと、ちょっと途方もない気分になった。
相変わらず進歩のない男である。感歎するだけでそこから前に進もうとしない。全く成長の跡が見られないのであった。
ちなみに、この引用の中に出てくる「謎の祠」だが、その後人の手が加わって整備されたにもかかわらずGoogleマップへの登録はされていないようであった。
今度こそ、成長の後を見せるチャンスが来たのかもしれない…何らかの調査を行って由緒を調べ、写真なども投稿してみたいものだ。ここからの10年の課題としたい。
閑話休題。かなり話がずれたが、帰りにこんな神社にも寄った。
それなりに有名な神社で、私とyuz氏も何度か訪れている。現政権と関係の深そうな張り紙等もある場所だ。
今回紹介したいのは、神社そのものでなく、境内にあるこれ。
先の大戦における、この地域からの出征者の名が刻まれているのだが、何とこの地域にルーツを持つ亡き我が祖父の名前を先日発見したのである。
戦没者だけが名を連ねているわけではないのだろうか。親に何となくその話をしたところ、どうやらこの地域には同姓同名の男性がおり(何しろ同じ苗字の家庭だらけなので)、後から生まれた我が祖父は本名を一字だけ変えた渾名のようなもので呼ばれていたのだという事だ。私は祖父本人からその話を聞いた事がないだけに、何とも興味深い事実である。
ここに刻まれた名前が我が祖父なのか、それとも祖父よりも先に生まれた同姓同名の方なのか。いずれにせよ、2名とも戦争によって何らかの傷を負った事には違いない。今となっては確認する手立てはないが、後世を生きる私には祈る事しか出来ないのだ。