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(Revenge of the)United Minds

Talkin' 'bout Music, Football(JEF United Chiba) and More.

Quicker than the blinking of an eye

Reminiscence

 今ではフットボール以外には殆ど他の競技を観なくなってしまいましたが、かつてスポーツ全般を楽しんでいた時代がありました。

 要するに、今よりもずっと暇だったのでしょうね。思えば、2000年に生活が変化したのが大きく影響している気がします。やっぱり、精神的な余裕があったからこそなのかもしれません(ただし、WWEにハマったのは2001年からなのですが…)。

 

 F1もそのひとつ。特に中野信治が参戦していたレースは全部観たかもしれません。ミカ・ハッキネンが二年連続でワールドチャンピオンになったシーズンも、ほぼ最後までテレビ観戦した記憶があります。これも1997年~1999年の出来事なので、やはり上記の生活の変化と見事に符合していますね。

 私が中学生の頃、フジテレビがF1を大きく盛り上げ、ブームになった時代がありました。その頃には既に周囲にF1の事を熱っぽく語る友人が何人もいましたし、大学を卒業してから突如F1に熱狂し、鈴鹿富士スピードウェイに何度も観戦に行っている親しい友人もいます。

 そういった友人達に共通しているのは、とても理屈っぽくF1を語る事。同時に、この上ない愛をドライバーやチームに注いでいる事。私はそこまで詳しくはなれなかったので彼らの話についていくのは難しかったですが、何かに夢中になっている人間を見て、楽しみを共有出来た気分になれたのも事実です。

 

 そして何より、F1といえばジョージ。「Faster」というF1賛歌を挙げるまでもなく、世界中を飛び回って現地観戦し、数多のドライバー達と親交を深めていったのは有名です。

 その様子は『Living in the Material World』でも大きなポイントとして描かれており、インタビューの途中で感極まって涙を見せる往年の名ドライバー、ジャッキー・スチュアートの姿と共に非常に印象的でした。

 他にも、グレアムとデイモンのヒル親子とも深い付き合いをしており、デイモンがF3参戦時に資金不足に悩んで援助を求めた際、ジョージは気前良くそれに応えたのだとか。後に返済を申し出たデイモンを、ジョージは笑って辞退した…という、とんでもない男前エピソードも。

 ジョージは2001年の6月にもカナダでF1を観戦していたようですから、亡くなる直前までこの競技と接していた事になります。ジョージのF1愛、ここにあり。翻って、贔屓のクラブが不甲斐ない試合をしているだけで脱力している私にフットボール愛はあるのでしょうか…。

 

 さて、5月1日はあのF1の貴公子、アイルトン・セナがこの世を去った日だったようです。

 当時、F1をあまりよく知らなかった私にとっても衝撃的なニュースでした。それほどの知名度を誇る世界的スーパースターだったのです。

 『Living in the Material World』で「アイルトンは?」とカメラ片手に呟いていたジョージ、Traveling Wilburysのリマスター再発時に自らのクレジットを“Ayrton Wilbury”としたダーニ、ハリスン親子にとってはもっと大きなショックだったでしょう。

 前振りが非常に長かったですが、セナの命日に関して突然思い出した事があったので、覚えているうちに記しておきます。

 

 高校時代、鹿島に入ったばかりのレオナルドがいかに世界レベルの選手であるかを友人達と語っていた時の事。

 突然、私の背後から「レオナルド…彼にはセナの面影がある。どこか似ているね」と声をかけて来た者がいたのです。

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 その声の主は、今まで殆ど喋った事のないS(仮名)でした。進学コースのくせに、理性的な人間が非常に少なかった我がクラスにおいて、目立とうとせずいつも静かに微笑んでいる、珍しいタイプだった人物。

 その時も、いつものように優しげな笑みを浮かべながら、どこか遠くを見つめているようであった事をはっきりと覚えています。会話を交わしたことが殆どなかったゆえに彼の事はあまり知りませんでしたが、いかに彼がF1が好きであるか、そしてセナを愛していたか、その表情が何よりも雄弁に語っていました。

 

 彼とは、それからしばらく話す回数が増えました。修学旅行も班が同じだった事もあり、夜遅くまでトランプをやったり世間話をしたり、とても親密に接する事が出来たと思っています。

 しかし進学に向けて受験勉強が本格化するにつれ、理系コースの彼と文型コースの私は徐々に接点が減っていきました。それ以降、彼との記憶はありません。卒業後に彼がどのような進路に進んだのかも、もはや全く覚えていません。

 私の歴史に刻まれた暗黒の高校時代。それでも彼と親しかったあの短い期間だけは、穏やかな時を過ごせていたと今になって思います。そんな事を、セナの命日に思い出しました。