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(Revenge of the)United Minds

Talkin' 'bout Music, Football(JEF United Chiba) and More.

Give me that plenty of that guitar

Making Music

 予定通り、春からしばらく月1更新へ移行する予定なので、書けるうちに思い出話を放出してしまおうと思います。

 今回はギターの話。

 

 

 楽器をプレイしている人なら、まず間違いなく最初に手にした楽器の事は強く記憶に残っているものと思われます。現在でも演奏してるパートならば尚更。

 私も当然ながら最初期に使っていた楽器の事は強く印象に残っています。中学校3年の春休み、つまり高校入学の前に買ったフェンダー・ジャパンのストラトキャスターが最初のマイ・ギターでした。

 ラージヘッドにローズウッドのフィンガーボード、ボディのフィニッシュもピックガードもブラックという黒づくめのルックス。特に見た目に惚れたわけではありませんし、何故ストラトにしたのかも全く覚えていない有様です。ジョージにはあまりストラトのイメージはありませんでしたし(サイケペイントの“ロッキー”をはじめ、ビートルズ中期以降は実質的にレコーディングでのメインでしたが)、イングヴェイにそこまで憧れていたとも思えません。

 本当に全く覚えていないのですが、恐らくはオールマイティに使えるギターということでストラトを選んだのではないでしょうか。シェイプもそれなりに好きでしたし、その程度の理由しか思い付きません。あれほど憧れたYAMAHAのギターで無かった理由も思い出せないのですが、TMNから始まったYAMAHA熱がその頃には沈静化していたようです。ちょうどパシフィカ・シリーズが出始めた頃で、デザインがあんまり面白くなくなったからかなぁ。

 本音を言えば、このギターを初めての1本に選ぶ必然性は全くありませんでした。ストラトにしても、ジョージのソニックブルーなり、イングヴェイのキャンディアップルレッドなり、もっと好きなカラーが沢山ありました。特にブラックが好きでもないので、本当に心の底からこのギターが欲しかったと言うと嘘になってしまいます。

 このギターを最初の1本に選んだのは、島村楽器の千葉セントラルプラザ店の顔馴染みの店員氏に義理を果たしたかったという事が一番の大きな理由です。中学1年時からこの店に通い詰め、B'z松本孝弘モデルの注文をしておきながらキャンセルしたり(単に店員氏の口車に乗せられただけだったのだが)、いつも話し相手になってもらったりと、大変お世話になっており、常々言っていた「いつかこの店でギターを買います」という約束を果たしたかっただけなのです。親からは「無理してそこで買う必要なかったんじゃないか?」ともっともな事を言われてしまいましたが…。

 しかし不運と言うべきか、折りしも千葉セントラルプラザの島村楽器は閉店準備の真っ最中。(現在でも営業中の)千葉パルコ店への統合が進んでいる最中で、セールが進む店には商品がそれほど残っておらず、その中にあったストラトでめぼしいものがこのギターくらいしかありませんでした。最初のギター選びは、完全に自分自身の決断よりも外部の事情に大きく引き摺られていたわけです。これも私らしくもあり、情けない話ですが…。

 旧ブログを検索してみたら、少しだけこの辺りの話に触れた事がありました。


行った行った 〔by ラウド〕 - United Minds (Strikes Back)

 記事内にもあるように、バンド仲間にこのギターは売却。そのまま彼のメインギターとなり、私はテレキャスを手にしたわけです。


あの頃 〔by ラウド〕 - United Minds (Strikes Back)

 

 前述のストラトは、当時アドバイザー的役割でメンバー入りしていたバンドの、中学卒業記念のライブがお披露目となりました。

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 服装があまりにもクソダサいので自分の姿は雑に消してありますが、とりあえずこんな感じのよくあるルックスでした。スピサンは当初ギターを使わなかったので殆ど音源も残っていませんが、数少ない使用曲ではなかなかエフェクトの乗りやすいマイルドな音を奏でています。

 

 さて、このギターを買ったのは高校受験後。つまり、中学時代のバンド活動時には自分の楽器を持っていなかった事になります。一応、自分の周囲では最も早くバンドを始めた人間だったのですが、その当人がメイン楽器を所有していないというのはなかなかに間抜けでした。

 勿論、その状況を手をこまねいて放置していたわけではなく、Player誌に「YAMAHA RGZもしくはRGXシリーズを格安で譲ってください」という投書をしたり、前述の楽器店へ注文を出し既成事実を作って済し崩し的に購入しようとしたりと手を尽くしたのですが、父からは「勉強が疎かになるので絶対に楽器購入は許さん」と厳命が下り、全てが無駄に終わりました。むしろ、各方面に頭を下げに回るという余計に面倒くさい事態を招く事に。中学1年にして、見知らぬお姉さんお兄さん達に電話口で平謝りするという人生経験も積んでしまいました。

 仕方が無いので、自宅では父が高校時代に使っていたノンブランドのジャズマスターもどきギターを使い、(サポートで入っていた)バンド練習ではもう一人のギタリストにIbanezのスチューデント・モデルを借りて凌いでいました。さすがにそんな状況が1年近く続くと、自分のギターを奪われヴォーカリストに専念させられたギタリストが「何で俺がアイツにギターを貸さなければならないんだ」と私への貸与を拒否するように。はっきり言って当然の反応であり、我ながらその厚かましさに恥ずかしくなります。

 

 とはいえ、ギターを買う事は許されておらず、かといってジャズマスターもどきを弾く気にもなれず。中学2年目前にしてギタリスト廃業の危機。

 そこで手を差し伸べてくれたのが、このバンドのキーボーディスト。親が理解ある人間だったのか、はたまた放任主義だったのか、かなり自由に様々な機材を買っており、シンセはYAMAHA V50とEOS B-200を所有。更にUltimateのキーボードスタンドを使い完全に小室哲哉仕様で、サンプラーまで持っていました。

 電気グルーヴTMNを愛していた彼は、「俺がギターを買うから、これからお前はそれを使え。お金は今後こつこつ返してくれればいいよ」と男気溢れる発言。彼の行動は素早く、すぐさまイケベもしくはKEYあたりの通販でアンプ付きの廉価版ギターセットを入手したとの報が。

 その行動力と財力にため息しか出なかった私ですが、事態はこれでは終わりません。購入2日目あたりに「あのギター、気に入ったからやっぱお前にはやんねー。レンタルな」と一方的に彼から通告が。大いに困惑しましたが、「現状よりはマシ」と判断しそれに従いました。元々、お金を一銭も出していない私には発言権など存在しません。

 そしてギター入手後の初練習時、私に彼から手渡されたのは、見事に布袋寅泰モデルと化したストラト・タイプのギターでした。

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 凄いな…これをインターネット上で公開していいものか。PUの汚れに、彼の苦心の後がうかがえます。当時はビニールテープでデコレーションしたものだとばかり思っていましたが、これを見る限りどうやら塗装だったようですね。これを先述のバンドは勿論、自身のバンドやビートルズのコピーバンド、更には吹奏楽部の校内発表でも使い倒す事に。少なくとも2年くらいはこのギターと付き合った事になりますね。

 このように改造されてしまったレンタル品なので、残念ながらこのギターに思い入れはありませんでした。塗装前がどのような姿だったのか、普段は私の実家に置いておいたのか、今となっては全く思い出せません。PU配置すら覚えておらず、この記事のために写真を引っ張り出してみてSSHだと知る始末。今回初めて明らかになったのは、このギターは平沢進のTalboでお馴染みTOKAIが製作していたという事。このメーカーに関しての知識は全く詳しくないのですが、こういったスチューデント・モデルも製造していたのですね。

 アンプはPlayer誌のプレゼントか何かで当てたYAMAHAのものがあったので、それを使用していました。さすがにアンプまで借りるわけにはいきませんからね。私の中学時代のギター・ライフは、ほぼこの偽布袋モデルTOKAIとYAMAHAアンプのみで構成されていく事となります。

 ちなみにこのギターの所有者は、中学卒業後にフロア・ミュージック方面へ傾倒した模様。電気グルーヴのテクノ専門学校生としては正統な道の進み方であり、ジョニー馬論とも仲が良かったようです。暗黒の高校時代を過ごしていた私とは、中学卒業後は全く付き合いがなくなってしまうわけですが。

 

 今回紹介した2本のギターは、どちらも私の手元を離れており、現在のオーナーが誰なのかすら知る由もありません。それでも、かつてメインギターとして使わせてもらった者として、今でも大事に扱われている事を願っています。

 

 

 余談ですが、我が元相棒であるジョニー馬論が最初に購入した楽器はショルダーキーボードのYAMAHA KX-5でした。小室哲哉の影響があった事は最早語るまでもないチョイスですが、この購入は大失敗に終わり、すぐさま売却したとの事です。

 それも当然の話で、既にお気づきの方も多いと思われます。何故なら、KX-5には音源が内蔵されていません。あくまでMIDIのリモートキーボードに過ぎないので、モジュール音源と繋ぎ、更にスピーカーに繋がなければ音が出ないのです。今考えれば初歩の初歩の知識ですが、当時はそんな事は誰も知らなかったのですよ…私の吹奏楽部時代の先輩ですら「ああ、あのギターの音が出るキーボードね」*1と言っていたくらいなので、少なくとも我が故郷では音楽をかじっている人間でもこの程度の認識だったという事です。検索すれば何でもすぐにわかってしまう現代が、羨ましくも恨めしくもあり。

*1:

恐らく、TM Networkのライヴビデオ『Fanks the Live3 Camp Fanks!! '89』の映像を観たものと思われる。ラスト近くの「Just One Victory」のアウトロで、小室哲哉がKX-5を使いエレクトリック・ギターそっくりの音でメロディを弾いていた。当然ながら、音源はサンプラーYAMAHA TX16Wである。