(Revenge of the)United Minds

Talkin' 'bout Music, Football(JEF United Chiba) and More.

I'm one with the Force and the Force is with me. I'm one with the Force and the Force is with me...

 去年の今頃、EP7を観た私はSNSやネットを検索し、SWに関する書き込みを探っていた。ファンシーなイラスト、現代的オタク解釈による考察…それはとても楽しい時間である。周囲にファンがおらず、長らく孤独にSWナードを続けてきた自分にとっては、様々な人の意見をリアルタイムで知る事が出来る現代は、実に心強く面白い時代になった。

 だが、『Rogue One』が公開されて一週間。既に2度の作品鑑賞を終えた私は、初日にTwitterで感想ツイートを検索した以外、殆どネットのチェックを行っていない。これはどういう事か。

 つまり、今回の作品は誰かの解釈や創作に補完してもらう必要の無い、実に充実した作品だったからではないか、と思ったのである。昨年のあの時期は、誰かに補ってもらわなければ隙間を埋める事が出来なかった。つまり、自分にとってEP7はそういう作品だったという事だ。

 

 EP7初回鑑賞後、私は常にSWファンとして葛藤していた。自分は『Fanboys』『The People vs. George Lucas』に出てきたような、偏屈で心の狭いファンとは違う。過去のノスタルジーだけに浸る事無く、新たな世界も受け入れられる人間だ、と。

 そう必死に言い聞かせながら、何とも歯切れの悪い感想を書いた。

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 プリクウェル(EP1~3)をろくに理解しようともせずに批判する守旧派ファンの心無い言葉に、嫌な気持ちになったのは一度や二度ではない。だから、自分はそうではない人間であろうと努めていた。大きな違和感を覚えながらも、EP7を必死に好きになろうとしていたのだ。でなければ、4回も劇場鑑賞はしていない。

 

 そんな私の心を大きく揺るがしたのが、3Dアニメ『反乱者たち』の出来の素晴らしさ。

micalaud.hatenablog.com

 その流れは、今回の『Rogue One』が期待通りの出来だった事で決定的となってしまった。

 

 やはり、自分はEP7を好きになれない。努力はしたが、前述のスピンオフ2作を観た後ではどうしても見劣りしてしまう。違和感だけが更に強くなる。

 勿論、作品自体を否定するつもりはないし、評価を下すのはEP8とEP9公開後に行うべきだという事はわかっている。だが、現時点でEP7だけをお気に入り作品として挙げる事は、残念ながら私には無理だ。未だに映像ソフトを買っていないという事実が、何よりも如実にそれを表している。

(今年は自分のやりたい事への出費が多かった事、DVDからBDへの移行が済んでいない事、といった理由もあるのだが)

 

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 実はEP7は、鑑賞前にネットでネタバレに遭遇してしまっていた。すぐにページを閉じたので一つのセンテンスしか目にしなかったが、実はそこが最も重要なポイントだった…という悲しい経験がある。

 よって、今回の『Rogue One』は公開初日の朝一番の上映に臨んだ。同じ過ちは、繰り返してはならない。結果として、それだけの準備をしただけの意義はあった作品であった。

 

 以下、ネタバレしか含まない断片的な感想。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 特にトリロジーのみを信奉するSWファンが、EP7を評価する際によく用いられた文言がある。「我々が見たかったSWを提示してくれた」。あくまで私の個人的感想である事を踏まえて読んで頂きたいのだが、この言葉は、EP7よりむしろ今回の『Rogue One』に当てはまるのではないか。

 EP6のクライマックスであるエンドア上空での宇宙艦隊戦。同じような総力戦を、最新の映像技術で今回新たに描いた。更に、当時は表現出来なかった惑星を守るシールドまでしっかり映像化出来ている。それがとても美しい。

 他にも生々しい銃撃戦、間近に迫るAT-ATとの戦闘。トリロジー公開時には不可能だった映像が次々に展開される。

 そして、EP4のオープニングクロールで語られていた「反乱同盟軍の初勝利」をベースにストーリーを拡張。更に完璧に、これ以上無いくらいスムースにEP4のオープニングに繋げてみせる。見事という他無い。

 プリクウェルを必死に排除したEP7とは違い、あくまで地続きのストーリーとしてリスペクトを感じられるのも良い。フォースの信奉者、カイバークリスタル、寺院…これらはトリロジーの世界観だけでは描けない。

 

 勿論、新たな要素もしっかり盛り込んでいる。日本を始めとする東洋映画からのモチーフも多いのに、何故かメイン級キャストに東洋人が存在しなかった違和感。それが、今回はチアルート・イムウェ(ドニー・イェン)とベイズ・マルバス(ジアン・ウェン)という、最高に格好良いコンビが登場する。

 特に、ジェダイ座頭市功夫棒術マスターのチアルートは多くのファンが生まれたであろう。彼が念仏のように唱え続ける「我はフォースと共にあり、フォースは我と共にある」という台詞は印象的。ジェダイというより、フォース教の僧侶といった感があるが、新たなフォースの捉え方が新鮮だった。

 

 オタクを喜ばせる小ネタも、数限りなく投入されていた。個人的には、『反乱者たち』のヘラが「シンドゥーラ将軍」とヤヴィン4の反乱軍基地で呼び出されるシーン、そして宇宙艦隊の中に宇宙船「ゴースト」がいた事が一番嬉しかった。あのゴーストの連中も、過酷な作戦の数々を繰り広げて反乱軍の一員として戦いに参加しているのだと考えると、とても感慨深い。

 レッドリーダー、ゴールドリーダー、ターキン総督など、あまりにもそっくりすぎるキャストに初回鑑賞時には驚いたが、なんとCGにて再現された映像らしい。いやはや、技術の進歩は凄まじい。そういえば、EP2でオビワンがジャンゴに引き摺られるシーンもCGだったか…あれより遥かに高度になっている。

 

 映画自体の出来としては、残念ながら完璧とは言い難い。序盤から中盤への展開のもたつきには正直不安になってしまったし(あえて抑えた解説的な場面を多くする事で盛り上がりのコントラストを出したのかもしれないが)、メインキャラの人物描写や戦うための動機付けも説明不足感はある。

 だが、終盤の怒涛の展開にはただただ脱帽。有無を言わさぬパワーでグイグイ引き込まれる。反乱同盟軍の艦隊が集結した場面で視界が著しく潤み、更にあのラストシーンで感情を押し止めるのが不可能となった。恥ずかしながら、声を上げて泣いてしまいそうになったのだ。さすがにここまでの経験は初めてである。

 言うまでも無いとは思うが、これは私が長年SWファンだったからこそ起こった感情の発露であり、例えばSWに思い入れの無い人、この『Rogue One』が始めてのスター・ウォーズ・サーガ体験だという人に共感してもらえるはずがない。小学生の頃にTVでのEP4放送で大きな衝撃を受け、長年ファンを続けてきた人間だからこその反応である。

 だから、私にはこの映画をファン以外の目線で客観的に判断するのが難しい。幼き日から繰り返し観て、様々な思い出を刻んできたシリーズ。その年月が長かった分、共に歩んだ日々の記憶とリンクしているわけだから思い入れも強くなる。それを差し引いて考えるのはなかなかの難題だ。

 

 戦争は一部のヒーロー達だけで終わりを迎えるのではない。多くの名も無き兵士達の犠牲の上に成り立っている。ジェダイも、伝説的パイロットも、お姫様もいない。ただひとかけらの希望のみを胸に秘め、自らの身を危険に晒しながら大儀のために戦い続ける“ならず者”達。

 そういったハードな面を描きつつ、全ての始まりである第1作目の冒頭場面まで、最新の技術を使ってリンクする。新たな切り口とノスタルジー、両方の提示。映画として完璧ではないかもしれないが、自分の求めていたSWを期待通りにアップデートしてくれた最高の作品であった。

 新たに感じた事、気付いた点、そういったものも含め、今後も折に触れ記事にしていきたいと思う。

 

 

 

 ちょっと早いですが、隔週更新という最近のスケジュールに則り、今年最後の記事とさせて頂きます。皆様、メリークリスマス。そして良いお年を。

 旧ブログ開設時から行っているいつもの年間CDランキングですが、まだ欲しいCDを全て買ったわけではないので越年します。ご了承ください。