(Revenge of the)United Minds

Talkin' 'bout Music, Football(JEF United Chiba) and More.

My allegiance is to the Lucas, to Episode 1~6!

 『Star Wars Episode 8: The Last Jedi』を観た。
 未だに考えがまとまらないし、そもそもしっかりとしたレビューを書くのは非常に困難である。

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 あくまでSpiSunというユニットの公式サイトであった前身の”United Minds”とは違い、ここは私の個人ブログである。よって、自分の書きたい事を書くつもりだ。
 加えて、私は評論家ではないので個人的な感想しか書けない。読んだ後から私個人の姿勢に対してあれこれ言うのは、ご遠慮願いたい。

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 それでもよろしければ、「続きを読む」からどうぞ。当然ネタバレを含む。

 


 今回は初めてのIMAXでの鑑賞。はっきり言えばEP7には強い不満がある。よって、今作も全く期待せずに観た。
 EP5よろしく、レジスタンスの撤退戦から幕を開けるストーリー。いきなりのポーの大活躍は胸がすくようだったし、レンの母に対する攻撃への躊躇いなど、序盤から非常に印象的な好シーンが続く。
 EP7の世界観は、非常に不服ではあるがひとまずは乗ってみる事にしていたし、何よりこの2年で良くも悪くもディズニーSWに対して気持ちの整理は出来ていた。これくらい気張らずに観れば楽しめそうだ。少なくとも、この時はそう思っていた。

 

 気持ちの整理は出来ていた、少なくとも自分ではそのつもりだった。
 だが、自分の考えが甘かった事を、上映終了後に実感させられる事になる。
 甘すぎたのだ。ルーカスの手を離れたSWは、もはや必死に寛容であろうという私の心の許容範囲を遙か離れ、ハイパードライブで外宇宙へとジャンプを始めた。

 

「古いものは終わる。新たな時代がやってくる」
 確かこんなニュアンスだったと思うが、久しぶりに登場したヨーダはルークにこう説く。これはそのまま、ルーカスのSWを愛した旧来からのファンへの、ディズニーからのメッセージだ。
 許容しろ、付いて来られなければ速やかに去れ。新たな物語が始まる。戦争はまだまだ続いていくのだ。我々の紡ぐ新たな物語に、適応出来ない旧い人間は必要ない。
 これはディズニーがこの映画に込めたメッセージ、などという奥ゆかしいものではない。もっともっと直接的な、ステイトメントというべきものだ。
 映画を観れば、誰だってそんな事は理解出来る。別人に変わり果てたルーク、わざとらしく壊されるアナキンのライトセイバー。落雷で燃えるジェダイの古文書(何故紙の本? ジェダイの伝承はホロクロンで行われるものでは?)。あまりにも捻りがなくストレート過ぎて、思わず苦笑してしまった。

 

「旧い価値観をぶち壊し、新たなチャレンジを試みた、シリーズ史上最高の傑作!」
 多くの評論家は、この作品をそう誉めそやす。私には全くこの評価に共感出来ないのだが、それは頭が旧い人間で、評論出来るほどの見識も無いからなのだろう。
 だが、小学校6年生のTV放映時以来、ずっと変わらずSWファンを続けてきた人間にも言いたい事はある。このEP8なる映画は、SWではない。
 まして、正統なナンバリング続編の冠など与えてはいけない。『宇宙反乱大作戦』とでも名付けるべき作品だ。それならば、私は文句を言わないし、この作品に対する評価も少しは上がるだろう。

 

 新たなものを創る。観た事のないSWに挑戦する。その志、大いに結構。むしろどんどんやってほしい。
 だが、長年ルーカスが築き上げた設定を破壊してまでやる事だろうか。キャラクターの性格を変質させ、セオリーを悉く無視させる。それがSWである必然性は?
 私はSWの続編であるから劇場に足を運んだのだ。完全にSWのエピソードとして破綻しているものに、時間とお金を使うほど暇ではない。
 ただ旧来のものを壊して「俺は新しいものを創ったぞ!」と言うだけなら、中学二年生でも出来る。まして、旧作へのリスペクトを欠き、最低限のセオリーさえ守れない作品は、二次創作でさえ叩かれるのが今の世のはずだ。

 

 勿論、例えばルーカスのSWをスクラップにしたとしても、有無を言わせない程面白いものであれば、悔しいが素直に白旗を上げる。だがこの作品はむしろその逆だ。そもそも映画として破綻している。
 シーンの整合性、必要性のおかしさに関してはまた記事を改めて触れるが、鼻に付いたのは複線を張っておいて、それをわざとらしく目に付くようにし、必ず悪い方向に観客の予想を裏切る事だ。
 昨今のハリウッド映画の定石なのかもしれないが、これにはとにかく最後まで馴染めなかった。何度劇場で溜め息をついた事か。

 

 鑑賞中は、一応楽しんで観ていた。勿論、物語の行方が気になるからだ。そういう意味では、EP7よりも上映中は真剣にスクリーンを凝視していたはずだ。
 問題は、そんなEP7の良い点であった新キャラクター達の魅力までちぐはぐな脚本でズタズタにしてしまった事だ。レイも、フィンも、ポーも、ひたすらルーカスのSW破壊活動に付き合わされる。
 特にフィンの役回りは、気の毒としか言いようがない。冒頭で活躍したポーも、直情径行野郎と化してしまった。
 オビワンも、ベイルも、パドメも、ケイナンも、エズラも、ルークも、レイアも、ハンも、チューイも、ランドも、ウェッジも、ジンも、キャシアンも、こんな未来のために命を賭けて戦い続けたのか。悲しすぎるよ、惨すぎるよ。

 

 唯一良い点を挙げるとすれば、レイ…というより、デイジー・リドリーがさらに私好みの容姿になっており、大変魅力的な事だ。
 彼女がスクリーンに登場する度、胸の高鳴りを覚えた。レイの能力の理不尽なインフレぶりも、彼女に免じて良しとしたい。
 彼女の登場を楽しむのが目的という意味では、『レイがやってくる ヤァ!ヤァ!ヤァ!』とでも名付けるべきだったかもしれない(内容的には、ドキュメンタリータッチだった『A Hard Day's Night』より次作の『Help!』が近いが)。

 

 あれだけ愛し続けたSWから、もしかすると私も去る時が来たのかもしれない。
 恐らく、来年放映されるハン・ソロのスピンオフは旧作ファンのガス抜き的な内容になり、まんまと私もそれに乗せられて騒いでしまうのだろう。そんな未来を考えると、さすがに空しさを覚えずにはいられなくなる。
 昨年、高橋ヨシキ氏が言ったのはまさにこういう事だったのだ。あの時点で言いたい事は理解しているつもりだったが、深く実感したのは1年経った現在の事だ。まだ私も思慮が足りなかったのだ。

 劇場で買ったパンフレットは未だに開く気になれないし、EP7公開時のようにネットで感想を検索する気にもなれない。たかが映画の事でこれだけ悩むのも恥ずかしい事だとは重々承知しているが、出来るだけ今はEP8の話題から離れていたい。それほど混乱している。

 

 未定ではあるが、もう1度くらいは観るかもしれない(何と今作でディズニーは前売り券を廃止したのだ!)。感情的に推敲もせず書き殴ってしまったが、次に感想を書く時には不満点や問題点を具体的に挙げていこうと思う。