(Revenge of the)United Minds

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P.Wilsonic Dream ~Road to "The Good-Bye"~ Vol.2

 川原伸司トークイベント・レポートの続編。

 前半はこちら。

micalaud.hatenablog.com

 

 

 

 

 目次

 

 

Vol.1 (Reprise) 

 前回書き忘れた事を補足しておきたい。
 The Good-Byeのデビューに関する逸話の中で、「赤いポルシェ」と共に「グッバイのテーマ」のファースト・テイクも流された。A面が「赤いポルシェ」、そしてB面が「グッバイのテーマ」というカップリングのシングルにて、4人は日本歌謡界に殴り込みをかけようとしたのであった。
 だが結局は、史実が語る通り「気まぐれ One Way Boy」が彼らの1stシングルとして世に出る事となった。この提供曲にメンバーの心中は複雑であり、当時から現在までその評価は一貫しているらしい…それがどのようなものであるかは、ディープなファンの方なら推測が付くであろう。あえてここに記す必要もないと思う。
 「赤いポルシェ」でThe Good-Byeがデビューしていた世界は、一体どうなっていたのだろうか。後世から見ると完成度には圧倒的に「赤いポルシェ (Take Off)」に軍配が上がると確信しているし、アイドルポップスとしても説得力十分なサビのメロディならそれなりにいい線いけたのではないかと思ってしまう。

 同時に、時代背景を無視してもいけない。ジャニーズ事務所からデビューするバンドの楽曲がメンバー自作というのは、レコード会社からすれば相当なギャンブルだったのだろう。ヒットと賞レースでの勝利は必須条件、一概に今の音楽シーンと比べる事は難しい。しかし、それでも…と思ってしまうのは歴史のifを夢想する楽しさか。

 

 前回、思わせ振りに内容を伏せた第2部の内容は…詳しくは書けないが、The Good-Byeの生みの親の事を川原氏が語る場を設けたと認識して頂きたい。何となく察して頂ければ幸いである。

 

Question and Answer

 第2部の内容に衝撃の冷めやらぬまま、徐々にトークの主題がThe Good-Byeに戻り始め、川原氏への質問コーナーへと移行していく。
 当然こういった場が設けられる事を予想していた私は、いくつか質問を入店前から漠然と考えてはいた。しかし、先述の「Blue」に関するやり取りで一番訊きたい事は訊いてしまったし、この時点でそれなりの満足感があったのである。今度は、あえて真っ先に手を挙げるような事はしなかった。


 質問はまず権利関係という大人の事情に関するもの。その話の流れから、新作の衛藤氏ヴォーカル曲「笑顔がICHIBAN」の川原氏本人のヴォーカル・デモが流される。Monty Pyson「Always Look on Bright Side of Life」がモチーフとなっているらしく、歌詞もそのようなメッセージを込めたものにしてほしいと衛藤氏に発注したらしい。あの哀しみをも内包したような明るさは、衛藤氏の元々持っているポジティヴさが滲み出たものらしい。
 次に出たのは、加賀氏に関する質問。川原氏にとって、彼はどんな人間で、どんなベーシストだったのか。質問者の女性が涙ながらに振り絞る声に、会場も水を打ったように静まり返る。
「変な奴だったね」
 そんな雰囲気を、一瞬で笑いに変える川原氏。しかし話は度々脱線し、なかなか核心に触れようとはしないのである。司会者の吉留氏が何度か話題を整理し、質問の答えを促そうとするが、絶妙にはぐらかす。加賀氏の事を公式に語るのは今回が初めてでは? という吉留氏の問いに、観念したようにこう漏らした。
「うーん…何か悲しくなっちゃうからね、あいつの事話すと」
 飄々としているように見える川原氏だが、教え子であり戦友である加賀氏との別れをまだ深く語る気分ではないのだろう。悲しみは消化する事が出来ず、傷に馴れていくしかない。川原氏にとっての加賀氏の存在の大きさを物語っているようであり、これこそが質問の回答ではなかったか。

 

 質問コーナーが進む中、やはりこういう場で手を挙げないのは折角のチャンスを無駄遣いしているような気がしてきた。川原氏が繰り返す、

「こういう機会が次にあるかわからないから、何でも訊いてください。例えば野村義男の好きな食べ物とか」

 という言葉がその思いを加速させる(後半部分はともかくとして)。
 次の質問者を求める問い掛けに、私はいよいよ挙手した。だがその速度やアピールの強度は、「Blue」の事、加賀氏の事といった訊いてみたかった事の殆どを回答してもらった事で、あるいは若干鈍っていたのかもしれない。
 質問者に選ばれたのは、後方に座っていた女性。そして彼女の年齢が、会場にどよめきを巻き起こす。何と、The Good-Byeリアルタイム活動時には生まれてすらいなかった年齢(司会者の吉留氏の提案で、質問者の年齢と現所在地の申告が求められていた)。今回の参加者の中では若手を気取っていた私だが、全く比較にならないくらいの若者である。

 その活動を追い掛けるのは不可能だったとしても、メンバーがアイドルバンドまっしぐらだった時代に一応私はこの世に生を受けていたわけで、時代の空気を想像する事は十分可能だ。彼女からすれば、私がはっぴいえんどYMOに関して資料を集めるのと感覚は変わらないのではないか。
 こなたThe Good-Byeはこの2バンドと違い、幾度もの再発やメディア露出の恩恵を与れるわけではない。現状では関連本などのリリースはほぼ皆無だし、それ以前に新品でCDを正規購入出来るのは最新作の『Special ThanX』のみ。YouTubeという現代の利器を最大限に活用していると彼女は語っていたが、それも限界はある。
 何と彼女は、高額なプレミアが付いている2004年のリマスター盤を買い集めているのだという。しかし、あまりにも入手困難であるため、まだコンプリートには至っていないらしい。自分もこの一連のリマスター再発の価格高騰ぶりを見て「無理してでもあの時揃えといて良かったなー」などと他人事のように胸を撫で下ろしていたが、まさかこの状況下でカタログを収集するという熱意のある若者がいるとは…素直に感服した。
 そういった苦難の道に挑んでいる彼女が出したからこそ、「興味を持った若者がThe Good-Byeの音源に触れられるよう、CDでも配信でも気軽に聴けるようになってくれると嬉しいです」という要望は弥が上にも説得力を増した。会場も万雷の拍手で彼女の発言を称えたが、それは熱心なファンの積年の想いをも代弁していたからであろう。
 吉留氏、川原氏にもThe Good-Byeを聴き始めた理由や、数が多いとは言えない若い世代のファンの現状を尋ねられる彼女。勿論私にとっても新鮮な視点での話ばかりで、非常に興味深かった。The Good-Byeを取り巻く時代は常に移り変わっているのだとも実感させられる。

 

 ついでながら、私が幸運にも質問の権利を与えられた場合は「僕はリアルタイムでなく、再発世代なのですが…」と後追いアピールをする予定だったが、この場において今更そんな事は全く求められていないのであった。「俺もグッバイを知ったきっかけをこの場で語りてぇぇぇ!!」などと内心身悶えていた事は正直に告白しておく。とはいえ、現代は幸運な事にインターネット上に自分語りを思う存分行える場所がある。殆どヒット数はないが、そこでこうして自分とThe Good-Byeとの出逢いを語る事が出来て良かったと心から思う。

 

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 質問しようと思っていた内容は、最初からメンバーだけの演奏でレコーディングするつもりだったのか、その場合どのようなタイミングでそれを決意したのか」というものだった。例えば彼らの先輩であるLazyは「赤頭巾ちゃん御用心」、同世代のC-C-Bは「Romanticが止まらない」という最大のヒット曲で演奏をしていないし、そもそもThe Beatlesですらデビュー・シングルの「Love Me Do」「P.S. I Love You」ではリンゴがドラムを叩かせてもらえなかったのである(諸事情あっての事だが)。

 「赤いポルシェ」の逸話の時点でメンバーの力のみで活動を続けていく、という決意があった事を察するべきだし、ともすればネガティヴな受け取られ方もされかねないので実際に訊かなくて良かったと思っているが、もうちょっと演奏面について何かこぼれ話を聞ければ、という思いだった。

 

 質問コーナーは、2階席から業界人のイノウエさんという方が自身のThe Good-Byeコレクション(DJブースに陳列してあったレコード)と蘊蓄を披露して何となく終了となった。私が質問する事はもはや流れの面から考えても難しかったが、それ以上に時間が23時に近づいており、人によっては終電の時間が迫っていたためだ。
 このコーナーの流れで、「あなた(川原氏)が新たに選曲したベストを発売すればいいのではないか」「ロフトでグッバイがライブやったら面白いんじゃないか」と司会の吉留氏から幾つか提案が出されていたが、実現するかどうかは神のみぞ知る。勿論、そんなミラクルが本当に起こればWouldn't it be niceなのだけど。
 とにかくオフラインでないと差し障りのありそうなオフェンシヴなトークが多く、どの辺まで書いたらいいのかわからないのである。正直、この程度の話でも書いて良かったのかとビクビク怯えている。読まれている方からすれば消化不良感が否めない文章で申し訳ないとは思うのだが、書いてはいけないボーダーを越えてしまうのではないかという怖さが常にある。
 ならば、内容に関してはふんわり触れるに留めて詳細なレポートにしないのが大人の判断なのだろうが、未だにメンタルが高校生で止まっているのでこんなに長々と文章を綴ってしまう。一生分別のある大人になれなそうで困る。もう手遅れだが。

 

~ Big Ending

 バンドの生みの親であるJ氏が気に入っていたという「タイムカプセル」、そして本来は3分近くあったという「Overture」のデモを聴きながら、吉留氏と川原氏がこれからのThe Good-Byeについて語り合う。
 川原氏はあくまで今後の活動に関しては慎重そのもので、基本的には『Specal ThanX』が最後であるというスタンスは崩さないものの、未来はわからないと言う。しかし、少なくともこのイベントに関しては吉留氏がはっきりと宣言した。
「次を期待してください。この人(川原氏)が生きてる限り次があります!」
 今回参加出来なかった方も、是非次は何とかスケジュールを空けて頂ければと思う。ネット上に残すのが躊躇われるほど濃いトークが目の前で聴けた上、イベント終了後にもお楽しみがあったからだ(これも書いていいかわからないので詳細は伏せるが…)。

 The Good-Byeの話を聴きに来たはずが、それ以上に得るものは大きかった。ここまで重層的に楽しませてもらえるとは、当初の想像を遥かに超えている。ブログにまとめようと思ったのは個人的に感ずる事が大きかった(主に後述)のが半分、足を運べなかったファンの先輩方に少しだけでも内容を知って頂こうと思ったのが半分である。それが義務だと思ったからだ。
 もったいぶった文章で心苦しいが、僅かでも当日の空気を感じて頂けたのならば幸いです。

 

 こうして拍手の中、イベントは終了。
 会場にて注文した品の会計を済ませなければならないのだが、未だ川原氏はDJブース近くに留まってくれている。支払い後に挨拶するファンに一人一人応えてくれているのだ。話題が盛り上がった長丁場のトーク後なのに凄いサービス精神であり、頭が上がらない。
 数年前までの私なら、さっさと会計を済ませて帰路に就いていただろう。だが、「あの時、ああしておけば…」という後悔を幾つか重ねた経験が、私に消極的な姿勢を許さなくなっていた。図々しくなっただけとも言えるが。
 川原氏にはこのイベントへの感謝を伝えたかったし、直接確認したい想いもあった。

 

#私を構成する9枚

 突然だが、過去にツイッタートレンドに乗せられる形でこんなツイートをした事がある。

 「今の音楽ライフに直接影響を与えた9枚」として、自分にとって重要なターニングポイントとなった作品を選んだ。リスナーとして…というよりは、(長年休眠状態だが)ミュージシャンとしての姿勢に大きく関わっている作品だ。
 1枚1枚その理由を解説する場を設けなかったし、TM Networkを何とか滑り込ませたかった、という選盤の厳しさにも触れられなかったが、The Good-Byeの『Ready! Steady!! The Good-Bye!!!』が選ばれている事には当然ながら大きな理由がある。このツイートとは関係がないが、既に大昔の記事に別記しているので、そのまま引用したい。

 The Good-Byeを聴いていて思うのは、てらいのなさだ。それは出来上がった作品に対してではなく、音楽に対する姿勢の事ね。
 ポップであること、先人に対する愛を前面に出す事。それの何が悪い?
 自分達が楽しまなければ、人を楽しませる事など到底出来はしない、という事。

 

 目から鱗が落ちた。ちょうどスピサン〔筆者注:当時私が組んでいた音楽ユニット〕があっちへふらふらこっちへふらふら、音楽性を定めて進んでいこうとしていた頃。迷いを振り切って、僕の中で音楽に対するアティテュードが定まったと言っていい。
 目を開かせてくれたThe Good-Byeには感謝しなければならない。

blog.goo.ne.jp

  引用文の通り、私はこの編集盤を聴き、The Good-Byeと出逢った事で大きく目を開かされたのだ。それと同時に、デジャヴを感じてもいた。
 先人に対する愛と最大限のリスペクト、フレーズやジャケットデザインでのオマージュ、それでいてオリジナルとしか表現出来ない最高にポップで完成度の高い楽曲。
 これってつまり、ナイアガラの精神を受け継いでいるのではないか? と思ったのである。「想い出のLong Vacation」「浮気なロンリー・ガール」「Summer 1963」「Good Lovin'」「Precious Moment」といった音楽的に直接影響を受けている曲もあるが(元ネタの孫引きも含む)、そういった表層的な話をしているのではなく、もっと通底にあるスピリットの事だ。
 ともすればアカデミックでマニアック、日頃の勉強量が必要とされるナイアガラに比べ、The Good-Byeの方がカジュアルで人懐っこいという差はある。だが精神を同じくし、受け継いだ関係ならば、自分がどちらの大ファンにもなり、音楽的に強い影響を受けるのは必然であったのではないか。
 2004年から感じていた、両者の共通点。どちらにも深く関わった川原氏には、是非この話題をぶつけてみたいと思っていた。さすがに質問コーナーで個人的で漠然としたクエスチョンを投げ掛けるわけにもいかなかったが、そのチャンスが巡ってきたわけだ。

 

After the Show

 後ろに待っている人を気にせず、川原氏と話したいと会計の列の最後尾近くに並んだが、勿論そんなに上手くはいかない。よって「最後尾近く」という表現になった。
 会計を済ませると、今度は川原氏と面会するための列に並ぶ。列の最前方では、先程の若い女性が川原氏と言葉を交わし、他のファンの方々からも声をかけられていた。若さが羨ましいが、今後のThe Good-Byeは彼女のような若い世代にいかに訴求出来るかにかかっている。彼女が音源をコンプリート出来る日が1日でも早く訪れる事を陰ながら祈っております、
 そしていよいよ、川原氏と対面する時がやって来た。氏は「さっきの『Blue』の奴か!」と言わんばかりに(これは自意識過剰ではなく、実際に会話の中でもこの話題が出た)、他の女性ファンにするのと同じようにこの私にも抱き付いてきてくれた。

 誤解されると困るのでここで補足しておくが、私から抱きつくような不届きな行為をしたわけではない。心の広すぎる川原氏が抱き付いてきて下さったのである。このツイートで誤解した方がおられるのかもしれないので、ここで注釈を付けておく。
 以下、可能な限りで会話を再現する。


「今日はこういうイベントを開いて頂いて、本当にありがとうございました」
「ありがとう、ありがとう」
「僕は先程の方ほど若くはないですけど、2004年の再発でグッバイのアルバムを全部揃えて…」
「へぇ、そうなんだ」
「大滝さんのファンでもあるので、川原さんの事は相当インタビューや本で知っていまして…だから今日、本当にお逢い出来て光栄です」
「うん、まぁ、そういう事だよ」
 思わず笑い声を上げながら言う川原氏。「あの人、どうせ俺の事ある事ない事書いてファンに読ませてるんだろうなぁ」とでも言いたげであった。
「だからもう、迷宮に誘い込まれたんだよ」
 氏の言葉はあまりにも正鵠を射たものだった。ナイアガラとThe Good-Bye、どちらも聴けば聴くほどポップミュージックの歴史、そしてこれからを探りたくなる(質問コーナーでも「The Good-Byeを聴けばポピュラーミュージックの歴史がわかる」と発言しておられた)。事実、そういう人生を送っているのは間違いない。気付かないうちに、出口の見えない迷宮に誘い込まれてしまっているのだ。
 川原氏のこの言葉が、私が2004年以来抱いている想いへのトリガーになっている気がした。もはや、素直に言葉にして両プロジェクトの重鎮ご本人にぶつける他ない。

 

「ナイアガラのスピリットと、グッバイの…」
「同じだよ」
 もはやこちらの質問などお見通しだったのだろう。質問意図を読みきった達人の素早い返し。私の言葉が終わる前に、川原氏は回答していた。
「同じって言いたくないけどね、俺は(どちらとも)一緒にやってたんだから」
 勿論、笑いながらこう付け加えるのも忘れなかった川原氏。The Good-Byeは勿論、大滝氏とも対等に仕事していた事が窺える言葉だ。
 個人的には、このやりとりで今回のイベントの重要性は更に増した。今後私が音楽を続ける限り、一生語り継げる会話だろう。ダース・ヴェイダーの言葉を借りれば「環は完成した」のだ。2004年に抱いた想いは、いつしか自分の中では楽曲制作における大命題であり、それを続けるためのモチベーションになっていたようだ…と、今回川原氏と話をさせてもらって気付いた。
 何故なら、両ミュージシャンの共通点を指摘してもらっただけでこれだけ興奮している自分への説明がつかないからだ。私が思っている以上に、ナイアガラとThe Good-Byeから学んだ事は多く、それが自身のかつての活動内容と密接にリンクしていたという事なのだろう。
 音楽活動自体は志半ばで暗礁に乗り上げ、満足に続けて来られなかった私だが、それでも自身の生活の半分以上の時間を捧げていた時代はあった。そんな日々を思い出し、憧れの対象の一員だった人物から私の訊きたかった事を完璧に察してもらった事実に、胸が熱くなった。

 

 そういった十数年に渡る想いがないまぜになり、もはや自分でも何を話しているのかわからない状況へと陥ってしまった。川原氏との対面を待ち望む後列のファンの方もおられるので、この辺で切り上げるのがベターであった(というより、上手く川原氏がそうなるように誘導してくれた)。
 最後に1枚、川原氏と写真撮影。これまた畏れ多い事に、川原氏はガッチリと肩を抱いてくれた。写真に写った私といえば、髪型は乱れ無精髭が生え始め、それは酷いものだったが…最高の記念になった。川原氏と写真撮影して下さった方に感謝。ありがとうございました。

 

余話として

 会場前に見た長髪の男性は、私の予想通り本秀康氏だった。

 こちらの方が入場は早かったので、シート席に座った彼の隣に陣取る事も十分に可能であったが、確信が持てなかった事、仮に本人だとしてもガツガツ距離を詰めるのは私の流儀ではないと思った事もあり、あえて近寄らなかった。

 もっとも、仮に話しかけるとしてどんな言葉をかけるべきだったのか、全く想像もつかないのだが…。

 

 更に、開演後数十分は千葉シティーの先輩・サエキけんぞう氏も顔を見せていた。豪華な面々が集まったものである。
 退場時、私の脇をすり抜けていったサエキ氏。勿論、「以前ツイッターでリプライ頂いた者です!」などと言ったりはしていない(そもそもそんな余裕はなかったのだが)。


 余談だが、川原・サエキ・吉留3氏が揃って写った写真を今回の画像として使うつもりだったが、これも何となく怖くなって掲載を取りやめた。とある音声ファイルのイメージとして個人的に使用している。

 

 それなりに楽しかったり、刺激的だったりする体験をする事が出来た今夏であるが、その総決算がこのイベントである事は間違いない。衝動的にでも参加を決めた事は大正解だった。今後、同様のイベントが開かれた際は出来るだけ参加したいし、催される可能性は決して低くないと思っている。The Good-Byeの「旅の終わり」はまだまだ先であり、きっと「Never Ending Story」であるとこの日感じられたからだ。