Twitter and the Monkey Man July 2015 Vol.2
楽しい事が全くなかったわけではありませんが、ひたすらドタバタして終わってしまった7月でした。いつになったら落ち着くんでしょうか。自分でもわかりません。
『花燃ゆ』、一番注目していた高杉の講和条約調停シーンが数秒で済まされて大変がっかりした。いくらでも盛り上げる事が出来たろうに…あとは功山寺挙兵くらいしか見所がない。
— ミカ・ラウド (@MicaLaud) 2015, 7月 18
大河ドラマではどうしても坂本龍馬絡みでの登場しかしない高杉。そのため、馬関戦争の調停に関しては省かれる事が多く、彼の魅力を伝えるのにこの逸話を取り上げないのは何故なのだろう、と常々思っていました。
講和談判に同席したアーネスト・サトウが「まるで悪魔(Lucifer)のように傲然と構えていた」(今回の劇中でも引用)と評した、彦島租借を拒否せんと古事記を引用した大演説。高圧的に条件を押し付けようとする欧米代表団に、イケメン晋作が一歩も退かずに形勢逆転する…と、視聴者的にはカタルシスを感じる演出がいくらでも出来たはず。とても残念です。
古事記引用に関しては近年その記述の信憑性を問われているようですが、歴史を主人公の都合の良いように改変する事を何とも思っていない近年の大河ドラマでは、その程度は大した問題にはならないと思うのですが…個人的に、この大河の見所はもう高杉にしか見出せないので、彼の歩みを出来るだけ省略せずに描いてほしいものです。。
今年もいつもの戦いが戻ってきたか。勿論諦めたわけではないが、現状は把握しておかなくてはならない。
— ミカ・ラウド (@MicaLaud) July 18, 2015
厳しい戦いは続く。多忙な日々を一時忘れられる清涼剤になってほしいと思うのはこっちの身勝手ですね。来月は観戦出来ないことも決定。
— ミカ・ラウド (@MicaLaud) 2015, 7月 23
敗戦を重ね、遂にPO出場圏内からも脱落。我らがジェフユナイテッド千葉の7月は、大変な一ヶ月となってしまいました。
関塚監督も試合毎にスタメンを変え、もがき続けているジェフ。シーズン序盤の甘い考えはどこへやら、もう個人的には完全に開き直っているので、まずは自信を取り戻して戦ってほしいと思うだけです。
何故か95年発売のJ-Popばかり流す店に入ってしまったので、何やら精神が不安定になってくる。1990年~2006年あたりの和製音楽は記憶から切り離せないものが多いので、外で流れているのを聞くと妙にそわそわする。ブックオフ店内の空気に未だに馴染めないのもこのせい(よく行くけど)。
— ミカ・ラウド (@MicaLaud) July 23, 2015
前にブログで書いたかもしれませんが、ブックオフに行く度に精神的に不安定になるのは10年以上前の邦楽がかかっている事が多いからです。どうしてもその曲が流行していた頃の事を思い出してしまうし、売っている本やCDも一昔前のものばかりなので、まるで時間が当時から止まっているかのような錯覚に陥ってしまいます。
特に過去にそれほど嫌な事があったわけではないのですが、残念ながら自分はどんどん老いています。あの時代に想いを馳せて感傷に浸れるほど、現状に満足しているわけではない。どうしても複雑な気分になるのは避けられません。
空港に近い街に生まれたので、調布の一件は色々と思うところがある。
— ミカ・ラウド (@MicaLaud) July 26, 2015
2011年頃の話です。実家に帰っていた週末、AM7:00~9:00の間だったでしょうか。朝の澄んだ空気を激しく震わせながら、田舎街に響き渡る轟音。飛行機の音のようですが、いつも聞きなれた大きさではありません。明らかに音が近すぎます。
あわててベランダに飛び出て空を見上げると、ジャンボジェット機が超低空飛行で悠然と頭上を通過していきます。幼少時からジェット機の航行自体は見慣れていますが、これほどまでに近くで飛行している姿を見たのは初めてでした。誰がどう見ても異常事態であった事は間違いありません。迫るように飛んでいく白い胴体部分は、今でも脳裏に焼きついています。
何かトラブルでもあったのだろうか。テレビはその後も何も伝えず、ネットを検索してもそれらしい情報は全く出て来ず。結局詳細は未だにわかっていませんが、2011年という年に起きた一件という事も含め、不可解な記憶として脳裏に残っています。
今回の調布の事故で、真っ先に思い出したのはこの出来事でした。決して他人事ではないという事です。
月の終わりに衝撃的ニュース。千葉パルコ閉店。
http://t.co/TWivTqpovV
— ミカ・ラウド (@MicaLaud) 2015, 7月 31
視力回復センターに通っていた関係で、小中学時代は月に一回ペースで千葉市に通っていた私ですが、その頃よく訪れていたのはセントラルプラザでした。それは自ら楽器を手にするようになってから顕著になり、センプラ内にあった島村楽器、そしてセンプラ隣にあったロックインが大きく関係しています。
もっと昔には近くにショッカーというスーパーもあり、親に連れられて通った記憶も残っております。このあたりの記憶は、旧ブログで書いた事もありますね。
その後、暗黒の高校時代には千葉を訪れる回数も(以前に比べれば)減り、パルコに移った島村楽器を訪れるようになるのは主にフクアリ完成後の事。よって、千葉パルコには多感な時期の思い出は殆どありませんが(勿論、当時も寄る機会は多かったが)、ここ10年は行く回数も多く、特にタワーレコードをよく利用していました。
3.11の二週間後、母方の祖父の葬儀に向かう途中にここに寄った事も忘れられません。パルコの島村楽器で買った銀河帝国軍仕様のギター・ストラップは今どこに置いてあったか…遠い過去よりも、今から近い時代に寄り添ってくれたのがこの千葉パルコです。
そんな場所が消えてしまう事には、なかなか冷静ではいられません。今月行った岐阜戦の前にも寄ったばかり。非常に寂しく思います。
ショッカー、セントラルプラザ、ロックイン、そしてパルコ…この辺りの思い出の地は、これで全て消えてしまう事になります。今後は駅周辺が更に賑わうのでしょうか。あの頃、高揚した気分で少し足を伸ばして店をはしごした記憶は、完全に取り戻せない過去のものとなってしまいます。ちょっと辛いですね。