(Revenge of the) United Minds

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For You True

 先月、5日間のみの限定公開(この感想を書いた後、リバイバル上映が決定)となった『Get Back ルーフトップ・コンサート』を鑑賞。

 同じThe Beatlesの映像作品である『Eight Days a Week』を例に挙げるまでもなく、劇場でしか味わえない体験があります。特にIMAXでの公開ならば尚更。難しい状況下ではありますが、何とかチケットを入手する事が出来ました。

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 私はディズニーによるドキュメンタリー『Get Back』もディスク化待ちの未見であり、これを鑑賞済みの熱心なファンよりも更に新鮮に受け取る事が出来たはず。

 

 もはや歴史的事件であるルーフトップ・ライヴを中心に見せてくれるのは当然として、冒頭は簡単にそれまでのバンドの歴史を振り返る内容。過酷なツアー・スケジュールの中で、小生意気に、時に毒を含んだジョークで各国のインタビュアーを煙に巻く様子が度々挿入されていましたが、その中で特にジョージとリンゴのトークが多くピックアップされていたのは、この映画の本編で2人のヴォーカル曲がない事に対する配慮でしょうか。

 

 そして、いよいよ本編。楽器セッティングやカメラ設置の段階からじっくり取り上げる。ドラムへのマイキングなど、大変興味深い。屋上から地下のスタジオまでラインで繋げて録音していた事実にも驚き。こういう機材的な話は非常に興味深い点であり、もっともっと観たかったところです。どんなケーブルであの長い距離を繋いでいたんだろう…興味は尽きません。
 それにしても、カメラマンのポジション取りが見るからに危ない。今まで観た映像や写真でも感じていた事ではありますが、リストアされた綺麗な映像で更にリアルに実感出来ます。工事に使うようなパイプ一本だけの柵にもたれかかったり、地面に這ったりして4人の姿を追うカメラマン達…あまりにも危険そうで、観ているこっちがハラハラします。転落する人がいなくて本当に良かったと思いますが、命綱を付けるなり、もう1本パイプを足すなりは出来なかったんでしょうか? 高所恐怖症の人には、このセッティングの映像だけで足が竦んでしまうかも。

 

 演奏された曲は「Get Back」「Don't Let Me Down」「One After 909」「Dig a Pony」「I've Got a Feeling」の5曲のみであり、あくまで映像収録と楽曲録音がメインであるため、複数回演奏する曲もある。ライヴとして考えるとダレがちにもなりそうですが、そこはサヴィル・ロウの街を歩く人々のインタビューを挿入したり、駆けつけた警察官2人との押し問答の様子を一部始終カメラを回しながら、緊張感を維持させる事に成功しています。
 若い警察官達も近隣の苦情に対応はしつつも、無理にThe Beatlesの演奏を止めたくはないという葛藤が感じられ、非常に人間臭い。事を荒立てたくはなく、大事になる前にキリの良いところで演奏を終えてくれないだろうか…と思っていたのではないかと勝手に想像を働かせていました。
 本人のインタビューも公開されているようです。

amass.jp

 今回の映画とは直接関係ないですが、「ビートルズがハレー・クリシュナになってからはあまり好きではありませんでした」という発言が興味深い。マハリシメディテーション・キャンプに参加した事がこの発言の念頭にある事は間違いないですが、ライヴ活動をやめてスタジオで複雑な音楽を作り始めた『Sgt. Pepper's~』以降の音楽性、インド音楽を取り入れ始めたこと、勿論解散後にジョージがこの宗派を支援した事など、全てをひっくるめてこういった発言をしたのではないかと推測しています。

 

 閑話休題。そういった音楽以外の要素でドキュメンタリーとしても盛り上げつつ、何といっても最高なのは4人の演奏。ライヴ活動からは離れ、重厚な楽曲を次々に作り続けていたとはいえ、やはりハンブルク時代から変わらない音楽好きの兄ちゃん達という根本の部分は変わっていませんでした。ミックスのお陰でしょうが、想像以上にポールのベースが唸り続けていた事にも驚きます。
 このライヴから『Let it Be』に収録されたテイクは3曲。これこそ、ライヴ・バンドThe Beatlesの真骨頂ではないでしょうか。「全曲ライヴ・レコーディング」というアルバム・コンセプトは瓦解していたとはいえ、これだけでも個人的には評価出来るポイントだと思います。
 などと言いつつも、当然ジョージに視線は釘付けだったわけですが。「One After 909」のスピーディーなソロやオブリの運指の様子をもっと観たかったというのが本音ですが、後の時代に盛んになるCCDカメラ等を取り付けての指板視点のようなアングルもあり、ギタリスト・ジョージを十二分に楽しめる映画でもありました(ヴォーカル曲がなかったから余計に)。
 カウントは全曲ジョージが出しており、嫌々参加していたようなかつての論説を覆すバンドマンぶり。ツアー時代の映像でもお馴染みの、ギターのノブやPUセレクターをこまめにいじって最適の音を出そうとするトーン職人ぶりもしっかり見せてくれました。やはりオールローズ・テレキャスターは永遠の憧れであり、彼のルックスとも相まって最高に格好良い。改めて実感しました。
 ソロ・キャリアでは味わえない、バックに徹した楽器奏者としてのジョージの魅力を楽しめ、そういった意味でも貴重な映像作品です。

 

 いよいよ向かいのビルの管理者が怒鳴り込んで来るにあたり、事態は深刻に。警察官達も応援の人員を呼ばれたりで、屋上に上がらざるを得ず、ここがこの作品のクライマックスとなります。
 警官の姿を確認した事で動揺したのか、それとも悪戯心でテンションが上がったのか、あからさまに演奏と歌が乱れるジョンとポール。それもご愛敬ですが、明らかにジョンの派手な動きが増えたあたり、トラブルを面白がりハシャいでいるように見えました。
 警察官の警告に屈したローディーのマル(・エヴァンス、この作品中でも相当に便利屋扱いされていた事がわかる)が、やむなくジョンとジョージのアンプを切る。ただしオフにしたのは2人のものだけなので、ポールもリンゴもビリー(・プレストン)も何食わぬ顔で演奏を継続。ジョージも「一体何をしてるんだ?」とばかりに自らアンプの電源をオンし、しかたなくマルもジョンのアンプの音を元に戻す。マルの行動の中途半端さが笑えるシーンなのですが、警察とメンバーの板挟みになっている彼の苦悩が窺えるようで切なくもあります。

 

 結局、逮捕者が出る事もなく、3回目の「Get Back」を終えて演奏は終了。「オーディションに受かるといいんだけど」というジョンの有名なMCと共に、The Beatlesは最後のライヴを終えます。
 真っ先にヨーコといちゃつくジョン、素早く下がるポールとリンゴ。一方ジョージは、テレキャスを自ら持って屋上を去ります。ギターを大事にしていたんだろうな…と思うと同時に(結構雑に扱っている様子も見るけど)、こんな重要なギターを譲り受けながらもオークションで売り払ってしまったデラニー・ブラムレット…人それぞれ事情はあるでしょうが、似たような事を友人にされた自分自身の記憶と重ねつつ、複雑な気分になります。現在はオリヴィアとダニーの手元に戻ってきたようで何より。
 驚くべき事に、彼らは逮捕されなかった事をこれ幸いとばかりにこの後もスタジオで曲を収録していたようです。本当によく働く人達だ。特にジョンとジョージがこのセッションの事を「最悪だった」と振り返っていた印象ですが、一度作り始めてしまったら最後まできっちりやらないと気が済まないプロフェッショナルだったのだなと思います。そして、それを可能に出来る程度には彼らの人間関係は崩壊していなかったのだな、とも。この辺りはスタッフロールが流れていたのでおまけのパートなのでしょうが、「まだまだ続けてほしい」と思いながら観ていました。
 「Let it Be」でのジョージのコーラスが、テイクを重ねるごとに完成度が高まっていくのを確認出来たのが収穫でした。ジョンの下の音を担当している映像が現在では出回っていますが、上のパートへと変更した途端にしっかり2人の声が混ざり合うのが素晴らしい。

 

 とにかく音も映像もIMAXの特性を活かしており、各パートの音が分離した迫力の音像に加え、メンバーそれぞれをアップにしたり、引きの絵を混ぜたりとマルチなアングルで間近に感じる事が出来る。これぞ、IMAXの映画館で観るべき作品だと思いました。
 ソーシャルディスタンスを優先し、余裕があったスクリーン近くの席を選んだために決して観易かったわけではありませんでしたが、その分臨場感が増していました。とても50年以上前の映像を観ていたとは思えません。
 こんな歴史的出来事が終わった直後、アップルビル前を行き交う人々の雑踏や、通過していく車のエンジン音がやけに印象に残りました。あっという間に日常を取り戻した街の様子を見ていると、まさかこの映像が半世紀経過した後に世界各国で鑑賞される事を誰も予想していなかったのではないかと思います。
 「皆、僕らの真似をして屋上でコンサートするようになるだろうね」とはジョージの言葉ですが、本当にその通りになりましたね。

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 私自身、電車に乗って線路沿いの風景を眺めている時、「あのビルの屋上で演奏したらどうなるだろう」と未だに考えます。この思考も数十年経過しようが変化なし。さすがに考え物です。