(Revenge of the) United Minds

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Stories from the Cutting Edge of Produced Music

 日本のポップ・ミュージックに深く関わってきたプロデューサー、川原伸司氏が著書を発表。

 個人的な事情で遅れましたが、私も特典CD付きのものを先月購入。6月の川原氏のイベント開催時には既に発売が決定していたようですが、特にご本人からは告知等はなく、後からTwitterで知りました。
 今回の著書の中でも繰り返し書かれていた「裏方に徹し」たいというマインド故の奥ゆかしさでしょうか。

ovo.kyodo.co.jp 氏の業績を考えれば、今までこの手の本やインタビュー等が公開されなかったのが不思議なくらいですが、伝え聞いた話では業界内でも今回の本の刊行は話題を呼んでいるようです。

 

 個人的には、川原伸司という人の名前を認識したのは大滝詠一関連のライナーです。ナイアガラ・レーベルのソニー移籍以降の記述中、度々登場する「ビクターの川原」「友人の川原君」といった名を頻繁に目にしており、只者でない事は理解していました。

 その後、The Good-Byeの再発プロジェクトでリリースされたDVD『Video! The Good-Bye!!!』のレコーディング・シーンにて、「白夜のRevolution」のシンコペーションでのカッティングを曾我氏に指示するレコーディング・ブースの人物がまさにその人だと認識した際、自分の中で様々な音楽が1つに繋がった感覚がありました。

 

 そんな私の中の些末な感覚だけの話ではなく、実際に様々な日本の音楽やその関係者を繋げた人。それがこの本を読んで一番感じた事です。
 「ビートルズ主義」を志として掲げ、The Beatlesの4人ならどう行動するか、ジョージ・マーティンならどのようなプロデュースを行うか。その絶対的な指針を胸に、多岐に渡る大きな仕事を成し遂げてきた川原氏。

 

 業界の末席に加わったかすら怪しい私が川原氏の仕事ぶりをどうこう言うのも大変烏滸がましいのですが、根本には自身がソング・ライターであり、何よりも音楽好きであるというスタンスがそのフットワークの軽さに表れているように感じました。音楽の世界ではビクターという体制側に属しながらも、常にミュージシャンの立場から仕事を構築していった。The Beatlesを初めて聴いた時の青い衝動を常に心の中に持ち続けていた。そんな印象です。

 The Good-Byeとの逸話を引用するまでもなく、プロデュースやディレクションを受けるミュージシャンからすれば、同じ目線に立ってくれる兄貴分といった感覚だったのではないでしょうか。

 

 プロデューサーやソング・ライターとしても世に知られる仕事がいくつもあるのに、本当に仕事の幅が広すぎて、一読しただけの現在ではまだしっかり理解出来ているとは言えない状況です。
 ビクターでディレクター業をしながら、大滝詠一松本隆筒美京平井上陽水といったレジェンド達の仕事をコーディネートし、適切なサポートをする…裏方としての八面六臂の活躍ぶりがあまりにも凄すぎて、安易なコメントはしかねるところ。
 他にも小室哲哉から庵野秀明T-Square竹達彩奈まで(直接関わっているかどうかは除いても)意外な名前がどんどん出てくる。仕事の幅広さを思い知らされる本でした。

 

 川原氏が中森明菜のシングルに推したという小室哲哉作曲の「愛撫」「Norma Jean」。自分にとって、TM Network時代の小室氏は崇拝の対象でした。ここでまた川原ワークの1つとして自分の愛好する音楽が繋がるのは、感慨深いものがあります。
 当時、TM Network (TMN) はリリースが途絶えており、私を含めたファンの間には不穏な空気が漂っていた時代。結果としてそれは活動の“終了”として的中してしまうわけですが、TKブーム前夜の小室哲哉という才能の開花を既に川原氏は予言していた事になります。

 

 あとは何といっても、文中に何度も登場するナイアガラ総帥の逸話の数々が見逃せません。川原氏ご本人と直接お話しした際に「俺は一緒にやってたんだから」と仰っていたように、特別大滝氏だけと関係が深かったわけではないのでしょうが、それでも個人的には分かち難い絆を感じてしまいました。
 作中で「当時は大滝さんと二人でユニットを組んでいるような仲良しだったから、“レノン=マッカートニー”もたぶんこういうやりとりがスタジオであったんだろうな、と思いました」という一文がありますが、いかに2人が密に関わり、大滝氏に川原氏がインスピレーションを与えていたかがよくわかる文章です。
 大滝氏が自身で振り返った自らのヒストリーに、違う視点から真実を解き明かしてくれるこの本。ナイアガラーも必読の書である事は間違いありません。

 

 森進一「冬のリヴィエラ」の制作過程において、「最初は森進一でサッチモをやりたかったが、断念してああいう形になった」というのが大滝氏の談。当然、これもファンにとっては基礎知識の1つ。その逸話もこの本には登場しますが、「でも大滝さんにジャズのセンスはないから、それはハッタリ」とはっきり書いてしまう面白さ。「お前、余計なこと書くなよ」といつもの調子でボヤく声が聞こえてくるようです。

 「そうしてできたのが、いわば“ビートルズジョージ・マーティンの系譜で大滝さんが作った曲”だったんですよ」という種明かしも新鮮でした。この方向性が、『Each Time』のリヴァプールサウンドに繋がるのかもしれません。

 大滝氏は晩年、ほぼ唯一の活動だったラジオへの出演回数も減り、特に2011年3月11日以降は常にどこか苛立ちを抱えているように感じました。ラジオでもポッドキャストでもイベントでも紙(誌)面上でもいいから、川原氏とのトークが聞きたかったと今更ながら思います。

 

 文章はインタビューを構成したものなので、基本的には口語体で非常に読みやすい。川原氏の仕事の幅広さや日本の音楽界に与えた影響の大きさ、次々に登場する重要人物達への言及で一気に読むことが出来ました。
 The Good-Byeをきっかけにイベントでお話を聞く機会に恵まれた私ですが、氏の功績をこうしてわかりやすく把握することが出来て良かったと思います。