(Revenge of the)United Minds

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都営バスで引越しする男

 TM Networkが先か、『City Hunter』が先か。難しい問題だが、私にとっては「完全に同時」が答えだと思う。

 

 幼心に「今まで全く聞いた事のない、とんでもなく大人っぽくて格好良い曲」と認識 幼心に「今まで全く聞いた事のない、とんでもなく大人っぽくて格好良い曲」と認識させた「Get Wild」は、言うまでもなく『City Hunter』アニメ版1stシーズンで流れたからこそ知ったもの。湧き上がり始めていた音楽への想い完全に沸騰させ、本格的にTMを追いかけるきっかけとなったのが『City Hunter 3』のオープニングテーマとなった「Running to Horizon」(小室哲哉ソロ)であり、同時に最初にリアルタイムで追いかけた『City Hunter』が同アニメシリーズでもある。
 こう考えると両者は見事にシンクロしており、自分の中では分かちがたい思い出になっている。

 

 『City Hunter』を好きな理由として、「TMが主題歌やってるからでしょ?」と当時の友人には訊かれたものだが、それだけが理由ではない。当然ながら、作品が凡庸なものであれば熱心に追いかけたりはしないのである。

 アニメ版は全話再放送で録画したはずだし(ビデオテープなので全て視聴不能となったが)、上京後に原作単行本も揃えている。

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 超人的なリョウの能力の痛快さ、香や海坊主や冴子といったキャラクター達の絶妙な存在感、魅惑的なゲスト美女など、この作品を好きな理由は列挙出来るが、基本的には数話完結のストーリーごとに普遍的なドラマがあり、抗い難い魅力があるからだ。
 そんな物語を、ハードボイルドなシリアスシーン(北条氏自身は「ハードボイルドは好きじゃない」という旨の発言をしているが)とおバカでスケベなギャグシーンでメリハリを付けながら構成していく。この作品は、私にとって間違いなく名作と呼ぶに相応しい。

 当時私と親しかったFANKSの仲間達は、私同様当然のようにこの作品を愛しており、ある意味で必修科目のようなものだった。ただし、元相棒であるジョニー馬論をはじめとする数人は、あまり興味を示していなかったような気もする。何故か彼らはキーボーディストの打ち込みキッズばかりだったが、何か担当楽器との相関関係はあるのだろうか。

 

 そんな『City Hunter』も、1999年の新作アニメスペシャルを最後に歴史が途絶えたままの状態が続いていた。
 「今後もアニメスペシャルは制作していく」と発言していた作者の北条司氏も、完全にこの作品は完結したものと認識しているのだろう、そう思い返す機会すらなくなっていた2018年。

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 まさかの劇場版制作が発表され、まさに青天の霹靂。昨年は年明けから過去の名作のリメイクが多数発表されていたとはいえ、『City Hunter』の復活は想定外で、大いに驚いた。
 とはいえ、かつて共にこの作品を友人達の殆どは音信不通であり、そうでない者も故郷に戻り自由は利かない状況。作品が歴史を積み重ねた分、我ら元少年達も確実に歳を取っていたのである。

 

 新作発表の喜びを分かち合う事も出来ず、いつも通り寂しく一人鑑賞をしようと思いながら迎えた今年の正月。1月第1週の末、かつての仲間の一人であり、上京時に組んだバンドのベーシスト(中途脱退)から、突然メールがあった。
 曰く、年賀状に『City Hunter』劇場版鑑賞の誘いを書いたが、まだ読んでいないのか、との事。私は諸事情あってすぐには自室に戻れなかったため、届いた年賀状も確認出来ないままだったので、この誘いには心底驚き、二つ返事でOKした。
 今でも唯一地元に帰っていない仲間で、小学生時代から圧倒的なマイペースで我が道を行く彼。鑑賞への誘い方も年賀状という超アナログな方法で、実に彼らしいと思った。
 思い出の多くを共有し、多感な時期を共に過ごした仲間と、愛する作品を鑑賞し感想を言い合える。こういった機会は殆ど訪れず、非常に貴重だ。鑑賞を提案してくれた彼には、心から感謝したい。

 

 先週からいよいよ映画は封切りされ、『City Hunter』の新たな歴史が刻まれる事となった。

 オリジナル版の「Get Wild」が使用されるという情報も公開されており、その出来にはいささかも不安を抱いていない。リョウが、香が、元気にスイーパー家業をスクリーン上で繰り広げてくれればいい。それ以上は望みまないし、それが何より望んでいる事なのだ。