(Revenge of the)United Minds

Talkin' 'bout Music, Football(JEF United Chiba) and More.

単なる十一月日記

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 見事試練を乗り越え、自らの目標を達成した友人のお祝いを兼ねて散策。写真だけだと何とも面白みに欠ける記事に。

 お洒落スポットにある古墳は往時の姿を窺い知る事は難しく、高級住宅地に眠る古代の生活の面影は看板一枚で済まされている始末。何とも拍子抜けだった。

 個人的に妙に琴線に触れたのが、私にとって非常に縁の深い房総半島のとある街と、広尾の夕方の時報の音楽が全く同一の音源であった事。全国的に各自治体に配布されているものなのかもしれないが、あの田舎町と世間で持て囃されている街に共通点があるという事に感じ入るものがあった。都会の街並みの中、遠い故郷を想うような気持ちであったのかもしれない。もっとも、彼の地(房総半島)は頻繁に訪れているので決して遠く感じる土地でも何でもないのだが…。

Kerolog has gone

 先日、友人と会った際に色々と過去の話題が出ました。その最中に自分の話を補強しようと過去に公開したポッドキャストを聞かせようと思ったのですが、ポッドキャスト用ブログ(“United Minds the Podcasting”)がいくらクリックしても繋がりません。
 我が端末のGoogle Chromeの調子が悪いのでそのせいかと思ったのですが、ブラウザを変えても結果は同じ。不審に思って検索してみたところ、あまり芳しくない結果が次々に表示されました。

ケロログ - Google 検索

 出てくるのは「終了」「消滅」といったネガティヴな文言ばかり。しかも問題なのは、公式に準じるサイトが全くヒットしない事。ヒットした個人ブログやこの件に触れたツイートによれば、何のアナウンスもなく唐突に繋がらなくなったらしい。

 Wikipediaのページによれば、未だに「現在運営中」のようですが…(2017年9月30日時点)。

ケロログ - Wikipedia

 ページ内にある公式サイト2つも、当たり前のようにページが消えている始末。

 情報を求めて某巨大掲示板なども見てみましたが、ドメイン切れもしている模様。復活の可能性も残されてはいるのでしょうが、今までの事を考えればその望みも非常に薄いものだとか。

 

 私は既にブログサービスの終了は経験していて、それはスピサン名義で更新していた旧“United Minds”(当初は“spiritual UNITED”のタイトル)のぷららBroachがそれにあたります。だがこちらは半年以上前から終了を告知していたようであり、終了後も数ヶ月の猶予をユーザーに与え、データ引継先も斡旋するなど、手厚いサポートをしてくれました。

micalaud.hatenablog.com 私はこちらのはてなブログに“(Revenge of the) United Minds”を新設してからは旧ブログにログインしておらず、あの時もサービス終了後に自分のブログの消滅に気付いたのですが、以上のような猶予期間のお陰で無事にデータを引き継ぐ事が出来ました。

micalaud.hatenablog.com

 大手企業のNTTぷららだからこその処置だったのでしょうが、ここまでしなくとも事前の告知、データ引継の猶予くらいは最低限すべきだと思うんですよね。まして、何のアナウンスもないというのは、かなり問題があるのではないかと。
 私の記憶が正しければ、ケロログは有料のプレミアム会員を募っていたはず。そういったお金を実際に払った人にはどのような補償が行われるのでしょうか? 自分は気楽に無料で限られた容量の中で利用していただけですが、企業として少々問題があるように思います。

 

 もっとも、私自身ポッドキャスト企画が終わってからは全くログインしておりませんでした。それどころか、訪れてすらいなかったと思います。最後に更新したのは、収録時間が大幅にオーバーした第1回目の完全版をアップした時だったはず。それが2014年の秋だったので、3年程度はログインしていなかった事になります。
 最後の回をアップした時点で、ケロログ無料会員の私のブログ容量はほぼ限界に近付いていました。あと1回分アップ出来たかどうか程度の残り容量しかなかったので、今後更新を再開するにしても過去のデータを消していかなければ運用は不可能でした。
 先輩のCloud9氏と音楽について語り合うポッドキャストを企画したりもしましたが、結局はこれも流れたままになっています。

 

 上では色々とケロログの問題点について苦言を呈しましたが、このブログサービス自体に悪い思い出はありません。少なくとも、更新がままならなくなった旧ブログの状況の打開をポッドキャストに求めた時は、私も希望に満ちていました。
 すぐに現実を知り、数回をこなしてからはモチベーションが低下、以後は編集作業の大変さとネタ探しの苦痛さに根負けし、終了を決意したわけですが、番組制作を理由に様々な土地を訪れる事自体はとても楽しいものでした。
 唯一後悔があるとすれば、埼玉県まで歩くという無謀な企画を敢行した事くらいです(ちょっとしたトラウマになるくらいで、未だにあの時の光景が脳内にフラッシュバックする程)。

 

 一応、全ての回の音声ファイルは手元に残っていますし、ケロログの方にコメントを頂いたりする事もなかったので特に心残りはありません。

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 旧United Mindsのように他のサービスを探して再び音声ファイルを置く事もやろうと思えば出来るのですが、いい機会なのでこれでポッドキャストは終わりにしたいと思っています。今後、このブログで引用するような機会もなく、私自身も聴き返す事もないだろうと思うので。
 ポッドキャスト“Speak Like a Child”に協力してくださった方々には、この場を借りてお礼を申し上げたいと思います。本当にありがとうございました。
 まだ先になるとは思いますが、このブログからのリンクも外すか、もしくはデッドリンクである事を明記していく予定です。

 

 しかし怖いのは、このように突然何の予告もなくブログサービスが終了するという現実。まさか現在利用中のはてなブログGooブログがこのような末路を辿るとは思えませんが、ブログサービスもどんどん減っている現在、ポッドキャスト用ブログは更に数を減らしているはず。
 感じるのは、寂しさというより不安。「やりたい事」に対し「やれる事」の選択肢が少なくなるのは、あまり歓迎すべき事態とは思えません。

単なる八月日記

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 最近、どこかに出かける日に雨に祟られる事が多くなった。正直、勘弁願いたい。

 まさか数日後に火事が起きるとは、この時は考えもしなかった。

単なる七月日記

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 良くも悪くもいつも通りでしたが、祭礼中に怪我人が出たようです。

 真夜中にサングラスをかけて歩く行為は穏当ではありませんが、厄介な人物を回避するには非常に役立つと改めて認識しました。

豪華の連発

 今年は何やらデラックス・エディション等での再発が目立つような気がする。こういったリイシューは当然ながら毎年行われているが、私にとって引っ掛かる作品が多いという意味だ。前回紹介した『源平討魔伝』30周年アニバーサリーに関するリリースも、勿論これに含まれる。

micalaud.hatenablog.com

 かといってこまめに購入しているわけでもなく、ただただ後回しにしているだけなのであった。今iTunesを確認したところ、そもそも今年はまだ殆ど新譜を買っていないようである(再発・新作含め)。8月も後半に差し掛かっているのに、本当に欲しいと思った作品を全て揃える事が出来るのだろうか。年末恒例のランキング作成に関しても、既に暗雲が立ち込めている。

 

 ひとまず、個人的に気になる豪華盤をメモ代わりに取り上げてみた。

 

The Queen Is Dead

The Queen Is Dead

 

The Queen is Dead / The Smiths

 The Smithsのボックスを買った記憶も、そこまで過去のものとは思っていない。

blog.goo.ne.jp

 だが、B面やレアトラックの類は今までカバーできるような作品を買ったことがないので、そういった曲が聴けるのは非常に魅力的だ。これは何の迷いもなく“買い”である。

 シングル集を代表的な作品に挙げられる事が多い彼らだが、オリジナル・アルバムとなるとやはりこの作品なのだろう。今までデラックス・エディションが発表されなかったのが不思議なくらいだ。

 

1977 (+DVD)

1977 (+DVD)

 

1977 / The Jam 

 『All Mod Cons』『Setting Suns』『Sound Affects』『The Gift』が既にデラックス・エディション化済みのThe Jamだが、1stにして代表作の一つ『In the City』はともかく、Paul Wellerが非常に嫌っているという2nd『This is the Modern World』の再発は考え難かった。

 だが『In the City』の再発は多くのファンに待ち望まれているはず。しかしこれをデラックス・エディション化してしまうと、『This is the Modern World』だけ放置されるという大変不自然な状況に陥る事になる。そこでこの2作をまとめ、1977年の作品という区切りでボックスにして再発するという力技に出たようだ。なるほど、上手く考えたものである。

 上記のような事情から、恐らくバラで発売される事はまず無いだろう。よって、これを買うしかないのである。間違いなく購入予定、今年中かどうかはわからないが。

 

Sgt Pepper's Lonely Hearts Clu

Sgt Pepper's Lonely Hearts Clu

 

Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band (Deluxe Edition) / The Beatles

 この記事を書くにあたり、何か忘れているなぁ…と思ったら大本命をすっかり見落としていた。

 基本的にはこのツイートをした時と全く気持ちは変わっていないわけだが(だから未だに購入していないわけだし)、だからといって「買わない」とは言っていない。この豪華盤の意義も十分に理解しているつもりだ。

 これも今年中かどうかはわからないが、間違いなく買う事だけは確か。

 

Nightlife

Nightlife

 

Nightlife (Deluxe Edition) / Pet Shop Boys  

Release

Release

 

 Release (Deluxe Edition) / Pet Shop Boys 

Fundamental

Fundamental

 

Fundamental (Deluxe Edition) / Pet Shop Boys

 Amazonからのメールでリリースを知る。数年前にも『Bilingual』(1996年)までのアルバムがデラックス・エディションになっていたようだが、気が付いた時には価格が高騰していた。

 今回の3作は、個人的には全て上京した後に発売された作品。『Fundamental』に至っては旧ブログに書いた事があるので、つい最近買ったような気さえする。

blog.goo.ne.jp

 Pet Shop Boysはアルバム未収のシングルをコンピレーションで発売するのが通例なので(『Alternative』『Format』 )、この時期のB面曲は全て所有済み。よって、そういった音源の収集という豪華盤の魅力には欠ける。

 どれも好きな作品なので迷うところではあるが…現状では見送りの可能性は高い。何しろ『Fundamental』の「最近の作品」感が凄い。他の2作もそこまで昔の話という気がしないし、自分の中でリイシューの購入動機の基準はどうやら「20年以上前に買った作品」であるらしい。

 あまり関係ないが、上記の記事を読む限り、少なくとも10年前の時点では私は『Release』をあまり好んでいなかったらしい。現在では、彼らの作品中でもベスト3に入るお気に入り作品なのだが。

 

平家の周年

 15年前、自分は今後何があろうともゲームと日本代表のTV観戦を続けていくのだと思っていました。自分を取り巻く様々な環境が速度を増していく中、どんなに忙しくともこの二つに関しては何とか時間を確保していた事を鑑み、ふとアルバイトの最中にそう思った記憶があります。

 

 しかしあれから短くはない年月が過ぎ去った今、ゲームに関してはおおよそ10年はまともにプレイしていません。最後に買った家庭用ゲームソフトは、(数年前にポッドキャスト企画で購入した携帯ゲーム機用のものを除けば)2005年末に買ったサッカーゲームが最後です。
 そもそも、その2005年には殆どゲームプレイをしなくなっており、先ほどの記憶から数年後にはゲームと距離を置いていた事になります。

 理由はいくつもあると思います。時間は勿論大きなファクターですし、情けない話ですが金銭面も無視は出来ません。それ以上に、自分がこの業界の流れに取り残されていると感じました。それは一番のめり込んでいたジャンルであるRPGのPC(プレイヤーキャラクター)が、声優の声で勝手に喋り出したり、主人公の名前を変更出来なかったり、そういった現代のゲームユーザーの要望に直面した時だったかもしれません。
 自分が80年代のゲーム体験をベーシックにした古い世代だという事は重々承知しています。時代に付いていけない者は淘汰されるのみ、だったら無理をして追いかける必要はないのではないか。そう思った私はゲームから距離を置いたのでした。恐らく、今後も再び家庭用ゲームのストリームに復帰する事はないでしょう。『スターウォーズバトルフロント』などSW関連ゲームに興味がないと言ったら嘘になりますが。

 

 とはいえ、1987~1988年(アーケード, PCE)と1992~2004年(アーケード, PCE, SFC, PS, SS, PS2, DC)の間、私の生活の多くをゲームが占めていた事実は変える事は出来ません。
 特に92年の『Street Fighter 2』をきっかけとしたのめり込みぶりは尋常ではなく、かつてのバンド仲間が「ゲーマーからミュージシャンに戻ろう!」と年賀状に書いて送ってくる程でした(ちなみに、その彼はマイノリティ界隈のDJとして現在でも名を馳せているという話)。

 かつてファミリーコンピュータを買ってもらえず、自分にとってはゲームとは無縁なメディアだと思っていた小学生時代。そんな私にとって、全ての始まりとなる作品が存在します。それが、源平討魔伝
 横スクロール、BIGモード、全方位スクロールと3つのモードに切り替わる多彩なゲーム性、奇声を発しながら(音声合成の不完全さがまた絶妙に怖い)襲い来る迫力の敵キャラ、緊迫感を煽る硬質でドラマティックなBGM、そして何より歴史上の日本を舞台にした純和風の不気味な世界観。特に最後の要素が日本史好きで周囲に同好の徒がいなかった西園少年をいたく刺激し、一気にゲームの世界に誘っていくのでありました。

 このゲームはあまり小学生向けではなかったのかもしれず、周りのファミコンキッズにはなかなか理解されませんでした。そんな中、何故か特別仲が良いわけでもなかった隣家の同級生だけが興味を示し、彼と会った時はこの作品の話ばかりしていました。
 今は亡き祖父に故郷にある大きな寺に連れて行ってもらった際、そこの風景が何とも『源平』的で、2人で大はしゃぎしながら主人公の平景清ごっこに興じた事を思い出します。迷惑な餓鬼共ですね。
 ちなみに、彼には貸しっぱなしのPCE版『源平討魔伝2』がありますが、未だに返却してもらっていません。K君、そろそろ返してくれないかな?

 

 前振りが非常に長くなりましたが、そんな私の幼少期を彩った『源平討魔伝』が今年で30周年との事。おめでとうございます。
 今年のブログ記事でTM NetworkGet Wild」の30周年も取り上げましたが、自分に大きな影響を与えたものが次々にアニバーサリーを迎えているようですね。

micalaud.hatenablog.com

 それだけ、自分も着々と老いているという事でもありますが…。

 30周年の事を知ったのは、ツイッターで記念盤の発売を偶然見かけたのがきっかけです。

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 この作品のサウンドトラックに関しては、既に10年以上前に購入済みです。

 更に、新たに加えられたボーナストラックのアレンジ・バージョンにも特に興味を引かれなかったのですが、何しろ30年です。その歴史の重み、そして私自身が受けた影響の大きさ、このゲームに関する記憶の楽しさ、そういったものを考慮し、リスペクトの意味で購入に至りました。
 以前発売されていたものと同内容のリマスター盤購入には相当に慎重になるこの私が買ったのです。ケチな私なりに、お布施のつもりでした。この手の盤は、後から欲しくなっても価格が高騰して手が出せなくなる事も多いので、後悔を予防するためでもあります。
 雑誌『GAMEgene』も、Amazonで繰り返し薦められたので根負けしました(買ったのは書泉ブックタワーだが)。ゲーム雑誌を買うのって、今世紀に入ってからは初めてではなかろうか。

 

 以上のように記念品としての側面が強いので、今回は購入したものの内容に関しては特に触れませんが、どちらも資料性が非常に高く、買って損はなかったと思います。
 特に『GAMEgene』に関しては、このゲームに関してまことしやかに囁かれてきた様々な噂(都市伝説)の真相をスタッフ諸氏があっけらかんと語っており、ある程度市場が確立していた80年代後半でも業界には破天荒な人が少なからずいたのだと興味深かったです。
 東京からほど近くこの作品のラストステージである鎌倉は訪れず、取材と称して殆ど息抜きの京都旅行に行った…という話は当時の業界の好調ぶりを物語るようでなかなか楽しいです。確かに、京都もこのゲームでは重要な都市ではありましたが(ルートの分岐点であり、ゲームオーバー時の復帰ポイントでもある)。

 

 他にも熱心にプレーしたゲームはいくつか存在しますが、アニバーサリーで関連商品を買おうと思えるのは『源平討魔伝』ただ一つです。私にとっては、ゲームの原点であり、頂点だったという事なのだと思います。

記紀の断片

 出先の地図を眺めていた時、気になる名前の神社を発見したので参拝する事にした。さすがに酷暑の中を歩くのはどう考えても難しい距離であったので、7年ぶりに自転車を使う事にした。

 

 そこに祭られている(と思われる)主祭神は、私が最後に真面目にプレイしたゲームではこのような姿だった。

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 さすがに14年前にプレーしたゲームの事を詳細に覚えている程記憶力が良くないので、どのような特性を持っていたかは覚えていない。

真・女神転生III-NOCTURNE (通常版)

真・女神転生III-NOCTURNE (通常版)

 

 しかし、その数年後に古事記日本書紀に関して調べるにあたり、天孫降臨にてこの日本を高天原の神に献上した古来の神に関してずっと興味があった。

 

 アップダウンの激しい道に四苦八苦しながら、特に迷う事なく到着。

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  周囲は民家に囲まれ、かなり生活の匂いが濃厚な場所であったが、二基の鳥居を潜り神域へ。

 

 石の灯篭の向こうには階段が。

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  水鉄砲で遊んでいた隣家の子供が、明らかによそ者である怪しい人物(私)に「こんにちは」と挨拶してきた。

 

 階段は、実際に登ってみるとなかなか急角度であった。

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 まだ朝早い時間ではあるが、日差しは容赦が無い。 

 

 最初の階段を登り切ると、もう一つの短い階段が待っている。

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 この時点でも本殿を見渡す事ができない。 

 

 「疱瘡神社本社合祀記念植樹」という木製の碑があった。

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 「合祀」という事は、近所に別の「疱瘡神社」があったのだろう。

 当時交通の要衝であったこの地は、多くの人馬が行き交った場所。当然、 流行り病も運ばれてくる可能性が高い。種痘が一般化されるまで、疱瘡は成す術のない重い病であった事を考えると、疱瘡神を祭った神社があったのは当然と言えるのかもしれない。

 どこにあったかはわからないが、疱瘡神社は役目を終えてここに合祀されたという事のようである。時代の移り変わりを感じざるを得ない。

 画像の左端では、犬がじっと私を見つめており、帰りにはけたたましく吠え出した。確かに怪しい人物である事は否定しないが、参拝者なのだからその点は少しでいいから考慮してほしいものだ。

 

 そしていよいよ本殿へ。

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 賽銭箱もなければ、いわれなどを書いた看板もない。 

 

 かなりシンプルな字で神社の名前が書いてある。

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 周辺の地図を調べてみると、近所には「出雲大社」、つまりこの社と同じ神を祭った神社も存在する。記紀に関係する神社が何故この近辺に集中しているのか…はっきりいってわからない事だらけだが、本格的に調べてみる必要はあるかもしれない。

 

 犬に吠えられながら階段を下ると、女児は2人に増え、今度はそのもう1人が「こんにちは」と挨拶してきた。

 一応こちらも同じように返してはみたものの、それだけでは何となく居心地が悪かったので「どうもね、ありがとうね」とぎこちなく言葉を放ってその場を後にした。子供達も、得体の知れない男にいきなり心当たりの無い感謝の言葉を投げかけられて大変困惑した事かと思う。彼女達が成長した後、「子供の頃に体験した不思議な記憶」としてこの日の事をブログなりSNSなりに書く日が来るのかもしれない。