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(Revenge of the)United Minds

Talkin' 'bout Music, Football(JEF United Chiba) and More.

Say the word I'm thinking of

Reminiscence Life

 先日、ふとしたきっかけから英国人の方と話す機会があり、殆ど片言ながらコミュニケーションを取った。こちらの言いたい事がちゃんと伝わっていたかは甚だ疑問だが、概ね気持ちは通じたと思う。

 

 かつてNZにホームステイした経験に関しては何度かブログでも書いている。

blog.goo.ne.jp

 二週間程度の滞在ではあったが、周囲を現地の人々に囲まれての生活は言葉を発してコミュニケーションを取らねば生活出来ない状況。どうしても英語で話さなければならないわけで、拙いながらも懸命に会話を試み、グングンと英語の能力が伸びている実感があった。

 さすがに早口でまくし立てるホストファミリーの友人達の会話には付いていけなかったが、積極的に一人で買い物にも出かけていったので、非常に楽しかった思い出しかない。暗黒の高校時代の中でも、数少ない有意義な体験であった。

 その気になれば、異なる言語での会話も可能だ。頑張れば、自分だっていつかは英語での会話が可能になるのではないか。

 そんな淡い想いは、その数年後に幻想だと気付かされる事になる。

 

 上京後、最初に勤めたバイト先で同じ時間帯に働く仲間は、殆どが海外の人々だった。中国、韓国、インド、バングラデシュ。アジア地区予選が始められそうなくらい多国籍である。

 特に同じ仕事をしていた方は中国の人が多く、皆日本語を勉強しながらここでバイトしている人であった。彼らは決して達者とは言えない言語習得度であったので、こちらの意図が伝わらない事もしばしば。勿論、相手の言う事も途切れ途切れの日本語の意味を頭をフル回転させて受け止め、真意を探り出さねばならない。それが日常だった。

 ここでホームステイしてた時代の事に思いを馳せ、気付いた事があったのだ。あのNZで私の話相手をしてくれた人々は、こちらのレベルに合わせて言葉を選び、こちらの拙い英語を理解しようと努力していてくれたのだと。立場が変わって気付く真実。自分の考えの甘さに数年越しで気付くと共に、あのNZで暖かく迎えてくれた人々のように自分も振舞わなければならない、と思いを新たにした記憶がある。

 

 誤解の無いように記しておくが、言葉がなかなか通じなかったからといって、一緒に働いた人々に文句を言いたいわけではない。こちらの日本語を勝手に誤解して怒り出す人には正直閉口したが、基本的には良い人ばかりで楽しい記憶の方が多かった。

 特に最初から一緒に働いていた中国の人はとても良い人で、「いつか一緒に中国を旅しよう。あなたを私の実家に連れて行きたい」と何度も言ってくれた。シフトの関係上難しかったが一緒に遊んだ事もあるし、(一足先にここを退職して自分のカレー店をオープンした)バングラデシュ出身の元同僚の店へ共に足を運んだこともある。そういえば、私が音楽をやっている事を話したら「是非聴きたい」と言ってくれ、spiritual soundsの音源をMDで渡した事もあったなぁ。とても嬉しかった。

 最後に会ったのは日韓ワールドカップの年の春だったか。今も元気にしている事を祈る。色々と思い出して、勝手にセンチメンタルになってしまう。あの旅の約束、今からでも果たしたいと思っている。

 

 異なる言語でコミュニケーションを取るのは大変ではあるが、相手を思いやることによって可能にはなる。忍耐は必要かもしれないが、いずれにせよ理解しあえるのならば悪くは無い。

 

 ただ、言葉よりもっと手っ取り早いのは音楽だったりする。冒頭の英国人青年は、私がジョージの「Awaiting on You All」を弾いていたら「お前日本人のくせに珍しい曲知ってるな」と興味を持ってくれたのがきっかけだし、NZのホストファミリーと打ち解けるきっかけとして決定的だったのは私がビートルズの曲をディナーの後に弾き語った事だったりもする。

 確かに音楽で世界は変えられなかったし、共通言語になるというのも甘い考えだというのは重々承知だけど、あんまりニヒルになり過ぎるのもどうかと思いますよ。少なくとも、私は音楽(というかビートルズ)のお陰で会話が弾んだのは紛れも無い事実。