単なる正月日記
明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願い致します。
大晦日、というより正確には年が明けてすぐの恒例行事。今年も同行してくれた友人のyuz氏と、帰りにいつもの神社に寄る。
大晦日の恒例行事を終えてきたので寝ます。友人が近所の神社に連れて行ってくれましたが、暗闇の奥深くに灯りが点っている風景は人気の無さも相まって少し幻想的でした。漠然かつ安直なイメージですが、頭に浮かんだのは恒川光太郎『夜市』の光景です。
— ミカ・ラウド (@MicaLaud) 2019年12月31日
個人的には日中再訪するつもりだったが、結果としてこれが初詣となる。理由は後述。
夫を伴い妹が帰省。彼らとSWの話で盛り上っていたが、議論を深めようと身を乗り出したところで家族の話題は完全に『北の国から』に移行しており、肩透かしを食らう。例年通り友人からの新春散歩の誘いを待っていたが、誰からも連絡はない。日が暮れてしまうので、一人寂しくいつもの寺へ向かう。
冬ゆえに日が落ちるのは早い。明るいうちに出たつもりだったが、既にこの有様。元日なのに境内の明かりは消えており、照明はこの提燈のみ。昨年けんちん汁を出してくれ、今治タオルを商品として頂いた特設テントも人気は無い。
とても1年の最初の日とは思えない静けさだが、それが何とも不思議な気分にさせる。
これまた例年通り御神籤を引こうと考えるが、暗くて状況が判然としない。何とか代金を支払い、英字も併記してある籤を手探りで選んでみると、大吉を引いた。御神籤は比較的高い頻度で大吉を引いているが、それでも嬉しくないわけではない。お礼のつもりで御賽銭は100円を投入(奮発しているつもり)。
翌日、またしても一人で散策。昨年存在を知った新たな史跡へと向かう。
寒い季節でないと来訪が難しいのと(雑草、虫、爬虫類などが跋扈するため)、正月の冬晴れに史跡が映えると個人的に感じる(上記リンク参考)のがこの場所を選んだ理由だ。
祠に新年のお参りを行い、史跡に向かう途中に昨年の自然災害の爪痕を目の当たりにする。
年が変わったからといって、問題が自然と解決するわけでもない。前述の理由から春先以降この地は訪れていなかったため、ポスト災害のこの地を確認するのは初めてである。
そして史跡に到着。
更に掘り下げて当時の形に近付けると聞いているが、今の所特に変化はない。
昨年友人がしていた、絶望的な未来予想。
友人のyuz氏は「あと少しでここにはゴミが散乱するようになるし、最悪廃棄物の遺棄場所になるだろう」とディストピア的展望を述べていて、それを全く否定出来ない自分もいるのですが…(過去の経験の蓄積からの推測であり、偏見ではない)
ゴミらしきものもあったが…台風通過の際に飛来したものと考える事にしている。
変化の兆しはある本年。勿論90%以上の確率で空振りに終わるだろうが、それでも何かポジティブな動きがあると信じて、前向きに生きようと思う所存である。