2019 Loves You, Year Year Year
2019年も残り僅か。今年はいくつか印象的なニュースがあり、久々にブログ記事には困らない1年でした。更新ペースを守るため、敢えてブログには書かなかった事も幾つかあった程。柄にもなく、今年のニュースを振り返ってみたいと思います(時系列順)。
『シティー・ハンター』、そして我が音楽史の原点
今年は『シティー・ハンター』のまさかの新作劇場版の公開が話題になりました。そして、TM Networkデビュー35周年というメモリアルイヤーも重なり、FANKS(TMファンの通称)にとっては忙しい年に。
本来なら『シティー・ハンター』の映画公開と共に(そして恐らくはアニメ劇場版『僕らの7日間戦争』もそこに含まれていたはず)と連動して華々しく行われていたであろうTMのアニバーサリーですが、中心人物の“引退宣言”により、回顧的なイベントが幾つか単発的に行われたのみでした。
その事は残念でしたが、あの頃同じ時間を過ごし、同じ風景を見た仲間達と再会出来たのはとても幸せな事でした。10年以上関係が途絶えていたバンド仲間とも再び連絡を取り合うようになり、これこそが『シティー・ハンター』やTM Networkが今年私に与えてくれたものだったのではないかと思います。
記事を書いてから思い出しましたが、今年は私(と何人かの友人達)にとってもFANKS歴のスタート、つまり自発的に音楽を聴くようになってから30周年という節目でもありました。個人的な事でしかないですが、何かの巡り会わせを感じます。
The Good-byeが30年ぶりの新作発表、そして川原伸司氏との邂逅
現実味が持てないまま受け取っていた話が、突如加速度を上げて現実となる驚き。The Good-byeファン歴15年にして、初めて届けられた正真正銘の新作アルバム。まさかこんな日が訪れるとは思っておらず、人生何事も諦めるものではないとの気持ちを新たにしました。
勿論、内容は期待以上。惜しくも志半ばで旅立った仲間の想いも引き継ぎ、文句の付けようがありません。ファンを待たせただけ、それに応えられるクオリティのものを。そんなメンバーのプレッシャーと苦悩は、こちらが思うほど生易しいものではなかったはず。
そんな内幕を明かしてくれたのが、9月に行われたプロデューサー・川原伸司氏のトークイベント。
既に2回に渡って記事を書いたので詳細は省きますが、イベント自体は勿論、終了後にも新たな楽しみを提示してくれる大サーヴィス。大満足すぎて、ここまでしてもらって申し訳なくなるほどでした。完全に休眠状態の私の音楽活動ですが、この一連の出来事で再び火が点きそうな気配です。
イベントのレポート記事も、このブログにしては多くの方に読んで頂けたようで光栄です。The Good-byeファンの諸先輩方ともTwitterで繋がる事が出来、実りの多い体験でした。こういう事があるから、人生も捨てたものではないと思えます。
ヒット数が殆どないブログでも、ネットに公開している以上誰が読んでいるかわからないという事を実感しました。
— ミカ・ラウド (@MicaLaud) 2019年12月20日
ヒット数が以前のブログ(United Minds)に比べれば1/10以下なので、誰の目にも留まっていない事は書いている自分が一番実感していたわけですが、それでもネット上に公開している事には変わりない。それ故にまさかが起きる可能性はゼロではない、という事を実感させられたのがこの一連のThe Good-Byeの記事です。文章としてまとめるのは決して楽しいだけではありませんでしたが、意外なご褒美も待っているという事も知りました。本当に何があるかわかりません。
千葉県に続々訪れた困難
2度に渡る台風、そして更に豪雨。3.11の時にも痛感した自然の猛威に対する無力さを、改めて味わいました。
台風の際はどちらも実家に滞在していたので、停電や断水も身を持って体験しています。ライフラインが使用できず、日用品の買い物も出来ない辛さは勿論堪えましたが、それ以上に個人的なショックだったのは、台風15号の一過数日の間は公共放送すら千葉県に興味を持ってくれず、これといった情報も発信してくれないまま通常通りの番組を放送していた事です。
TVでは放送していたのかもしれませんが、こちらは停電しているので視聴する事は不可能。あくまでラジオ番組に関しての話ですが、東京の隣県なのにここまでの無関心ぶりは衝撃でした。今までの災害であまり報道してもらえなかった地域の痛みを、自分がその立場になって初めて実感した次第です。
同じ千葉県内でも今年の災害には意識の差があるのが現状で、様々なご意見をネット上で目にしましたが、今後似たような体験をする事になる地域には、今までよりシンパシーを感じて行動出来るようになったと思います。
佐藤勇人引退
過去最低順位を更新し続けるジェフユナイテッド千葉。今年は遂にJ3降格の危険すら見えてくる惨状でした。
そんな中、ジェフを昇格させる事だけを目標に帰還した男が、その宿願を果たせずに引退を表明。イヴィツァ・オシム時代の“走るジェフ”を体現するファイター、佐藤勇人その人です。
決して長くはないフットボーラーの現役期間。その殆どをジェフに捧げ、J2を抜け出すために体を張り続けた彼の想いに応えられず、ジェフは来シーズンもこのカテゴリーでの戦いを継続しなければならない。その事実は重く受け止めねばならず、決して軽んじていい問題ではありません。
勇人引退の報で思い出したのは、ある試合後の事。その日も不甲斐ない試合で惨敗したイレブンに、さすがにブーイングをしようかという思いが一瞬脳裏をよぎった私ですが(基本的に応援しているクラブに対してブーイングはしない主義)、静まり返るゴール裏に臆する事なく、一人責任を負うかのように拍手を促しながら、真っ先に挨拶に来たのが勇人でした。
その年キャプテンに就任した彼の姿を見て、「選手達が悔しくないはずがない」と思い直した私。改めてブーイングをしないという想いを新たにすると共に、促されるままに拍手で選手達を迎えた事を鮮明に覚えています。
(恐らくこの試合での出来事だと思われる)
引退会見での言葉通りならば、勇人はジェフに残り、新たな活動を始めるという話。彼の新たな挑戦に期待していますし、何か応援出来る事があればそこに加わりたいとも思います。
今季最終節を観戦しましたが、想像以上に酷い試合運びで全く得点出来る気配がありませんでした。若々しく鋭い動きで唯一可能性を感じさせた見木を下げ、温情采配のような佐藤兄弟投入で自ら希望を絶ち、栃木のJ2残留をアシストしてしまう始末。大喜びの栃木サポーターには半ばヤケのような気持ちで拍手を送りましたが、私はこんなものが見たくてフクアリに行ったわけではありません。
来季は尹晶煥体制になり、新たなチーム作りが始まります。昨年の最終節後、千葉市内のラーメン屋にて遭遇した名も知らぬジェフサポの方と「来年は尹晶煥が監督になってほしいですね」と言葉を交わした事がありましたが、我々の希望はひとまず叶えられたわけです。
逆に言えば、尹監督で上手くいかなかった場合、もはや逃げ場がないという事も意味しているわけで、見守る立場の私としてもそれ相応の覚悟を持って来季に臨まなくてはなりません。
あくまで個人的な見方ですが、J2に陥落してからのサッカーには常に不満を感じていました。かつてJ1を席巻した走るサッカーを忘れてしまったかのような試合運びに…このクラブは行き当たりばったりで受け継がれるものがない、とよく評されていますが、それでもレガシーを見いだすとすればやはり“走るサッカー”だと思っています。そのために自分が指揮官として望んでいたのが尹晶煥氏(と現在資格停止中の曹貴裁氏)でした。
勇人が追い続けた昇格という願いを果たすため、来季からのジェフも引き続き注視したいと思います。
懸案だった手術の実施
生まれつき悪かった目に、ここ数年幾つかの病気が発覚。そのうちの一つがかなりの勢いで進行し、視力を測定出来なくなるレベルまで悪化していました。
不治の病というわけではないので手術をすれば治るのですが、なかなか踏ん切りがつかず重ねた先伸ばし。眼球の形が一般的な人とは違う上、幼少時から何度もレーザー手術を受けているためかなり難しい手術になる…という主治医の診断もあったため、かなり不安を煽られていたのです。
そして先月、いよいよ手術を実施。当然ながら楽な体験ではありませんでしたが、思ったよりも早く終わったので救われました。あれ以上の時間がかかったら精神的にも肉体的にも辛かった。
生まれた時からの付き合いである目の問題は私本人にしか理解出来ないものが多く、実の両親ですら共有出来ない感情があるのでネット上に残そうとは思いませんが、一つこれで決着が付いた気分です。当然ながら、今後も定期的に通院が続きますが。
手術を乗り越えてしまえば、入院生活は非常に快適なものでした。とにかくゆっくり過ごすのが目下最善の行動なので、時間に終われる事もなく寝転がって一日が経過していく。これでPCでもあれば「何かやらなくては」と妙に気が逸ってしまうのですが、そういったものからも解放された自由な時間でした。短いながら、非常に充実した入院生活だったと思います。
前回の別件での入院はとにかく様々な検査等があって時間に追われていた上、常に定員が欠ける事のなかった部屋も騒がしく、精神的に追い詰められる話が常に耳に入ってくる状況で、今回の入院とは全く逆の環境でした。恐らく、世間一般に考えられる入院生活とは今回のようなものを指すのでしょうが(前回は「暇だと思うが時間を上手く潰してほしい」といった内容の励ましを入院前に幾つか掛けてもらった)、何事も体験しなければわからない事が多い。まだまだ人生は勉強の連続です。病気は体験しない方が良いのですが。
少々早いですが、これにて今年の更新を終えたいと思います。皆様、良いお年を。
単なる七月日記
昨年同様に古い友人2人と参加。短い時間だったが、最後まで堪能した。今年は様々な出来事があったので既に記憶が薄れ始めているのだが、前回ほど慌てて過ごしたわけではなく、余裕を持って行動できた。賑わいぶりはここ数年とあまり変化はない。良くも悪くも安定してきた。
帰り際、とある屋台に何となく目が留まったので、寄ってみた。友人は「売り子のお姉さんに惹かれたのだろう」と言っていたが、特にそういうつもりはない。
80年代的ファンシーイラストが描かれた紙袋が、ノスタルジーを呼び起こす。
中身は鈴カステラならぬ、熊カステラであった。
今回記事を書くにあたって検索してみたら、ちゃんとしたサイトを持っている会社であった。
移動販売の会社らしく、各種イベントや祭礼に出店しているようだ。
こんなニュースもヒットした。
秋葉原にくまカステラ店「ベアーズハウス」-「渡辺くん」がお出迎え(アキバ経済新聞)
10年前の3月、秋葉原にも出店していたようだ。現在でも私にとって非常に縁の深い街、秋葉原。そんな地に店を構えていたのだから、間違いなく何度か前を通っているとは思うのだが…残念ながら、全く記憶にない。入れ替わりの激しい街ゆえ、仕方のない事ではあるのだが。
リンク記事中の住所を調べたところ、現在(2019年12月)はケバブ店になっている。
この店はかなり印象に残っているので、果たして熊カステラはどの程度の期間営業していたのだろうか。関係ないが、ケバブ店も秋葉原ではかなり激戦だ。自分が知っている限りでは4店あるが、それくらいニーズがあるのだろうか。
閑話休題。前述記事はこのような文章で〆られている。
秋葉原出店について同店スタッフは「もともと店長が秋葉原好きなこともあり、出店を決めた。これまで、お子さんや家族連れに営業してきたため、今回の出店は不安もあるが、頑張りたいと思う」と意欲を見せる。
残念ながら不安が的中してしまったという事なのだろうか。それでも、公式サイトを見る限り営業している店舗は数店あり、移動販売も行っているようなので健在ぶりにホッとした。
何とも奇妙な縁を感じた出逢いのある祭りだった。来年も再会出来る事を願う。
Scrambled Eggs and Today
今月始め、バタバタと忙しない中ではありましたが、前々から気になっていた映画『イエスタデイ』を観ました。
両親にこの映画の事を聞かされるまで何も知らず、鑑賞前にYouTubeにてティザー映像を観たのですが、その直後に「おすすめ」に表示された別の動画がこれ。
最初に見た映像と、登場人物も舞台設定も全く違う?
これが最初に見た予告動画。
少々混乱しましたが、どうやら2016年に同タイトルで同じくThe Beatlesをテーマにした映画が公開されていたようです。
私が今回観たのは、2019年秋現在公開中の英国映画、ダニー・ボイル監督作品の方の『イエスタデイ』です。何故同じ曲名をタイトルにしたのか…。
当然ネタバレなしでは感想を書けないので、その点ご了承願います。
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P.Wilsonic Dream ~Road to "The Good-Bye"~ Vol.2
【9/2(月)開催決定!!】
— ROCK CAFE LOFT|ロックカフェロフト (@ROCKCAFELOFT) 2019年8月16日
THE GOOD-BYE 『SPECIAL THANX』発売記念イベント
《THE GOOD-BYE『SPECIAL THANX』発売記念「川原伸司、THE GOOD-BYE SOUNDのルーツを語る、AND YOU、、、」》
★OPEN 19:00 / START 19:30
★前売り¥1500(要1オーダー¥500以上)
詳しくはこちら!→https://t.co/q6gW06Iq4K pic.twitter.com/6UOu5IAqtn
前半はこちら。
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Around the Dohkan
真夏に行った場所は半袖で過ごせるうちに記事に…と、無理矢理まとめてみる。
今夏、ちょっとした巡り合わせから史跡を訪ね、興味を持った太田道灌。彼がその武勇を知らしめた“江古田・沼袋原の戦い”は戦跡が訪れやすい場所にある事や、英雄には付き物の伝説がいくつかある事を知り、可能な範囲で足を運んでみる事にしました。2ヶ所とも別の日に来訪。
殆ど予備知識無しで行ってきたので、主に写真だけの紹介です。「金の鞍」「照姫」伝説が残るという石神井公園(三宝寺池)も訪れたのですが、今回記事を書くにああたりデータを参照していたら、かなり重要なポイントを見落としていた事に気付きました。調査不足が災いした形です。次の機会がいつになるかわかりませんが(今年中は難しそう…)、再訪し次第記事にしたいと思います。
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Dear P.Wilson ~Road to "The Good-Bye"~ Vol.1
The Good-Bye30年ぶりの新作発表、及び昨年から続く35周年アニバーサリーに伴うライヴ開催。以前から何とかライヴを生で観たいと思ってはいたものの、今回もそれは叶わず。
【9/2(月)開催決定!!】
— ROCK CAFE LOFT|ロックカフェロフト (@ROCKCAFELOFT) 2019年8月16日
THE GOOD-BYE 『SPECIAL THANX』発売記念イベント
《THE GOOD-BYE『SPECIAL THANX』発売記念「川原伸司、THE GOOD-BYE SOUNDのルーツを語る、AND YOU、、、」》
★OPEN 19:00 / START 19:30
★前売り¥1500(要1オーダー¥500以上)
詳しくはこちら!→https://t.co/q6gW06Iq4K pic.twitter.com/6UOu5IAqtn
ならばと、これまたツイート検索で知ったこれに行こうと決意。スケジュールを精査する事なく、半ば衝動的に予約を入れてしまった。少しでもこの記念すべき時に何かイベントに加わりたかったし、The Good-Byeのブレーンでありながらナイアガラにも深く関わった超重要人物、川原伸司氏の話を目の前で聞きたいと思ったのだ。
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時代遅れの城があったら殴って壊す。近代的な城がなければこの手で造る。
夏の始めに行った場所は、出来るだけ夏のうちに記事にしておきたい。
本田忠勝が関東に入城した際、最初に拠点としたのが根古屋城。元々は武田氏が里見氏の来襲に備えるため、重要な防御拠点として築城されたとされています。
そもそも忠勝がこの地に移封されたのも、里見氏の脅威に対する抑えとするための意図があったから。譜代大名として家康からの絶対的な信頼が窺える人事ですが、それだけ里見氏というのはこの地を納める歴代武将にとっては頭の痛い存在だったのでしょう。やるじゃないか、里見氏。
この城址は、千葉テレビで紹介される度に気になっていました。広い高台から眺める大多喜城の天守や周囲の風景は、さぞ気分が良いものだろうと思い、いつか自分の足で訪れてみたいと思っていたのです。今夏は機会があり、遅い梅雨明けの暑い盛りに徒歩で目的地を目指しました。
道を間違え、体力を消耗しながら到着。水田の中にある高台の端に、それらしきものがあります。
周囲は民家に囲まれており、高校野球中継の音が大きめに漏れ聞こえてきます。しかもこの史跡の前には、堂々と路上駐車されている始末。不恰好になるため、路上の車の影が入らないように工夫する必要性がありました。
このスペース自体が私有地なのかもしれませんが、せっかくの歴史的な場所がこんなぞんざいな扱いで大丈夫なのか…。
期待に胸を高鳴らせ、階段を上った先に待っていた風景は…。
こちらの勝手な想像とは大きく異なる、小さな敷地。しかも雑草が処理されているのかいないのか、爬虫類が跋扈する夏場に入るには少々勇気のいる状態。
千葉テレビで見た風景は何だったのか…と困惑しつつ石碑を見る。
どうやら、根古屋城はここで間違いないようです。
自分の中で想像だけが勝手に膨張していたようで、実際の城址は非常に小規模なものでした。
とはいえ、申し訳程度に置いてあるベンチから大多喜城を臨む事も可能です。
忠勝は入場した際、ここが近代戦には向かず、拠点としては貧弱であると判断して新たに山の上に築城。これが大多喜城となります。この時点で根古屋城はお役御免となり、廃城となったとの事。
中世の作りで当然天守や堀もなく、建物としても小さいものだったのではないでしょうか。それは周辺の土地の広さを見ても、容易に当時からの状況がわかります。
そう考えれば、こうして史跡として残してもらえているだけでも御の字なのかもしれません。さすがに前に路上駐車しているのはどうかと思いますが。
あまりの暑さと予想とかけ離れた面積、そして雑草に気を取られたせいで特にこれといった思索を巡らせるわけでもなく、さっさと退散。大多喜城を横目に、街中のコンビニへと涼を求めて行軍を続けるのでした。