(Revenge of the) United Minds

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単なる八月日記

 サイクリングコースは、基本的にコンビニが中間地点に存在する事を前提に考えている。特にこの時期は給水が不可欠であるから、それを抜きにしては考えられない。ただ自転車に乗るというだけでなく、何らかの用事を同時にこなすという意味でも間違いではないプランだと思っている。

 勿論、東京では飽和状態と言ってもいいくらいコンビニがあるので、基本的にはどこに行こうが困る事はない。だが、過疎地域である地元は別だ。個人商店が殆ど姿を消している昨今とはいえ、コンビニはどこにでもあるというわけではない。田舎を舐めないで頂きたい。

 そうなると、自然と目的地は決まってくる。自転車が私の日常に戻ってきてから1年半近く経つが、既にコースもマンネリ気味となってきた。たまにはコンビニの有無に囚われず、行った回数の少ない場所を目指してみたいと思い、現在音信不通となっている元バンド仲間の実家近辺を目指そうと考えた。

 だが、この日は既に別の地を訪れた帰りの道中であり、既に日没が迫っている。ひとまずGoogle Mapを参照し、比較的近くにあると表示された山の奥にあるとされる神社を目指す事にした。

 

 数日前の豪雨と強風の影響か、枝が散乱する暗い道を進む。

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 この道に入る前、現地住人の方を追い抜いた際「うわぁぁぁぁぁぁ!!」とこの世の終わりのような叫び声を上げられた。滅多に人が通らないであろう道を、自転車で訪れるような変人がいたのだから無理もないとは思うのだが…十分に距離を空けて走行していたつもりだったので、少しショックだった。 

 

 タイヤへのダメージを心配しながらも、何とか到着。

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  夏の夕暮れ、何やらミステリアスな体験をしても何ら不思議ではない雰囲気である。

 

 詳細は一切わからないが、鳥居には“八幡神社”とある。

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  当然、八幡神を祀っているのであろう。もしかすると、源氏や平氏に関する伝承も残っていたりするのだろうか。

 

 夕闇が迫る鎮守の森。

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 自分の故郷である自治体は、その面積が意外に大きい。Google Mapがなければ、もしかするとこの地を知らないまま生涯を終えていたかもしれない。

 

 何の装飾もないが、御神木と言っても何ら問題はないであろう巨木。

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  特筆すべき何かが起きたわけではないが、この木を見てブログで取り上げようと決意した次第。

 

 自分の想像が及ばない範囲にも、連綿と受け継がれてきた人々の歴史が残っている。こういう偶然の出会いがあるからこそ、様々な場所を巡ったり、その結果をブログに認めたりする事に楽しみがあるのではないか。
 蚊かどうかはわからないが、何らかの虫に右肘を刺されたりするのもそういう経験の一つだ。未だにその痕が完治していないのだから、人家に現れるような種類に比べて相当にストロングな奴だったのだろう。

 

 後日、改めてこの周辺地域を訪れた。

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 道中には、ボタ山と言っていいのかどうかはわからないが、ともかく異様な土砂の盛り上がりがあった。形成されてから時間が経っているのだろう。既にちらほらと雑草が生え始め、はっきり言って景観としてはよろしくない。

 

 ストリートビューでは、私の記憶の中にあった通りの緑が広がっている。少なくとも、この“山”が出現したのはここ数年の出来事だったという事だ。

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 この地に住んでいない私が何を言おうが戯れ言にしかならないが、近年我が地元でも河川があっという間に増水するのは、各所でこのような工事が行われているからだと考えている。それに加え、何より見た目に難があり、荒廃した感じを受けてしまう。

 

 Google Mapに導かれて辿り着いた仲間の家への道程は、記憶の中にあったものと全く違った。激しいアップダウンと、田舎にありがちな歩道の存在しない狭い道路を行き交うダンプカーやトラックに四苦八苦しながらの走行を強いられ、ストレスフルなコースとはとても言い難い。
 高校時代、エアコンを殆ど使用しない実家では暑さのあまり早朝に目覚める事が多く、そういった日は普段あまり訪れる事のない道を自転車で走行する事が何よりの楽しみだった。この仲間の家もそのコースの一つであり、朝の清冽な空気の中を気分良く走っていた記憶しか残っていないのだが…。

 根本的に私の記憶に間違いがあった、体力が今よりもあったので険しい道も苦ではなかった、そもそも道自体が変わってしまった(これは考えにくいが)など、理由は様々に考えられる。
 だが一つ確かなのは、あの頃行っていたサイクリング体験は、もう味わう事が出来ないという事である。時代も記憶も変化していくものであり、これは仕方ない事なのかもしれない。