(Revenge of the) United Minds

Talkin' 'bout Music, Football(JEF United Chiba) and More.

You Better Run

 ジェフユナイテッド千葉の2017年が終了しました。3年ぶりのJ1昇格プレーオフに出場したものの、1戦目で名古屋に敗戦。今年もJ1昇格は成りませんでした。

 

 しかし、私が友人に「今年はもうダメだ、可能性はない」と諦めの言葉を口にしたあたりから連勝をスタート。他クラブの結果にも左右される僅かな希望に賭け、ここ数年でも見た事がない猛烈なチャージを開始。
 終わってみればクラブ新記録の7連勝。見事大逆転のプレーオフの最後の椅子へと滑り込み。J2に陥落してからは夏の失速が常でしたが、その真逆となる追い上げぶりは観ていて非常に頼もしいものがありました。
 一度は諦めた昇格を、ぼんやりながらも現実的に捉える事が出来る位置にまで這い上がってきた。そんなタフさを見せてくれた選手達には感謝の言葉しかなく、昇格出来なかったからといって彼らを責める気にはなれません。

 

 あまりにも衝撃的だった、ちばぎんカップで見せた新生ジェフのサッカー。スペイン仕込みの新指揮官エスナイデル氏は、ひたすらスペクタクルで攻撃に偏重した戦術を展開。
 前線からひたすら激しいプレスをかけ続け、ボールを狩ったら素早く攻める。DFラインは常にコンパクトな陣型を維持するために非常に高い位置にまでプッシュアップされており、ハーフウェイラインで4人が1列に揃っているのは最早当たり前の光景。
 案の定、この試合では度々ピンチを招き、GKの山本がスイーパー以上の役割を求められてカバーリングに奔走。解説の宮沢ミシェル氏から「運動会みたいに常にきっちりラインが揃っている」「失点を切り抜けているけど、結果として守る事が出来ているだけで、主体的にディフェンス出来ているわけではない」と90分間揶揄され続けたジェフのサッカーでしたが、私は密かに新たな時代の胎動を感じていました。

 

 J2に落ちてからジェフが繰り返した事といえば、中途半端にポゼッションを続けるだけで相手の守りを崩す事が出来ず、逆に相手のハードプレスに屈する試合ばかり。ここ一番の試合で勝ち星を挙げられないもどかしさは、いつしかサッカーそのものへの大きな不満へと繋がっていました。
 何より、多くの場合で相手クラブに運動量で上回られているのが我慢ならなかった。オシム時代の幻影を未だに追っていると非難されても仕方ないのですが、やっぱりクラブのアイデンティティとしてジェフは“走るサッカー”を継続すべきだと思っているのです。

 確かにちばぎんカップの試合結果は散々でしたが、長年続く閉息感を打ち破るためにはこれくらい極端な事をしなければブレークスルーは望めないと思った。
 シーズン序盤は好奇の目で見られ、中盤は嘲笑の対象となったエスナイデル戦術ですが、私は粉のサッカーが大好きですし、今年は無理でもいつかこの“ハイライン・ハイプレス”を完成させてほしいと願っていました。
 事実、夏までジェフは苦戦を続け、高すぎるラインの裏を簡単に突かれたり、GKへの依存度の高さ故にミスを連発したりで敗戦の連続。いつしか順位も中位に付いていくのが精一杯の状況で、私の諦め発言もこういった状況によるものでした。

 

 そんな中、暑さが和らぐ9月からようやく歯車が噛み合いだしたジェフ。とにかくスタミナを要求される戦術だけあって、環境が整ったのでしょう。
 エスナイデルにより白米や肉の脂身、塩分の濃すぎる料理などを徹底的に排除した修行僧のような食事改革も、報道された当初はこれまた笑いのネタにしかならなかったものの、結果としては選手の肉体改造の一助となっていた事は紛れもない事実。
 嬉しかったのは勿論結果が付いてきた事もそうですが、攻撃的な上に相手に走り勝てるサッカーが帰ってきた事でした。

 

 J1昇格はならなかったものの、終盤にかけて一定の結果は残したジェフ。しかし、このまま上り調子で来年のシーズンを戦い抜けるほどJ2は甘くありません。それは、この数年間嫌という程味わってきました。
 当然研究もされるだろうし、選手のコンディションなどもあって今年同様に我慢の時期は間違いなくあるでしょう。
 明るい材料は、今年のサッカーの立役者達の多くが残留を果たした事。進境著しい町田はJ1クラブのオファーを断り、為田や矢田は完全移籍を選択。キム・ボムヨンはレンタル元へ帰還しましたが、高木という新たな才能を獲得。

 

 楽なシーズンなど有り得ませんし、きっと来年も週末の度に一喜一憂するのでしょうが、より良い結果を残せるよう、引き続きジェフを見守っていきたいと思います。

Twitter and the Monkey Man Summer & Autumn 2016

 今後もブログの更新ネタが無い時には、忘れた頃に掘り返してやっていきたいと思っている。自分の記憶力に対するトレーニングの意味も込めて。

 

 2016年限りでジェフを去ったブラジル人FWエウトン。彼のチャントがBOØWYの「No. New York」であり、かつて所属したバンドでこの曲を練習した身としては非常に親近感を覚える選手だった。

 勿論、BOØWYはあまり私の音楽的志向とはマッチしておらず、この曲を始めとして彼らの楽曲をコピーしたのは所属していたバンドの意向なのだが、それでも私が上記のようなパート分けで苦心してギターを弾いたのは事実。思えば、後のギターアレンジの基礎はこの時点から始まっていた…と思う事にする。

 この曲名が、Brian EnoがプロデュースしNo Wave / Punk / New Waveの礎となったコンピレーション・アルバムから拝借している…という事は当然ながらこの当時知っているはずも無い。歌詞がJohnの射殺に着想を得ているという事に関しては、つい最近知ったばかりだ。

 

 折に触れて話題にしているが、私は中学生時代YAMAHAのギターに異常な執着を見せており、特にTM NetworkやB'zの影響でMGシリーズは“いつか手に入れたいギター”として羨望の眼差しを送っていた。

 時代は流れ、現在ではネットオークションや中古楽器店を気軽に覗く事が出来るようになった 。よって、巡り会わせが良ければ比較的安価で当時のギターを見つける事も可能である。勿論、楽器自体の状態は推して知るべしだが。

 私がカタログでラインナップをチェックしていた時代、YAMAHAにはMG, RGX, RGZ, SG, Sonare,Pacificaと多くのシリーズが存在しており、目移りする程であったが、最近は実質的にPacificaとSGくらいしか残っていないに等しく、随分と寂しくなったように思う。

 

 既に触れた通りで、特に付け加える事も無いのだが。

micalaud.hatenablog.com

 セントラルプラザ、パルコと千葉でのテナント先を失った島村楽器は、現在はヨドバシカメラと同じビルに居を構えているようだ。昔に比べれば、随分駅に近くなった。

 

 全く信用ならなかった。こないだ妹に話を聞くまで、完全に忘れていた。ちなみに彼女はちゃんと行って写真なども買ったらしい。

 

 ケンペスキャリー・フィッシャー…自分に人生に関わった多くの著名人がこの世を去った年であった。両者とも精力的な活動中での突然の訃報であり、非常にショックが大きい。

 特にケンペスは目の前で何度も観たわけだから、思い入れも訳が違う。あの陽気な笑顔や、相手に絡まれた若手選手を真っ先に救いにいく男気、そして勿論トップスコアラーにまで輝いたゴールゲットの才…未だに信じられない気分で、受け入れ難い。

Twitter and the Monkey Man Spring 2016

 ツイートがめっきり減り、このまとめ記事もしばらく行っていませんでしたが、さすがに3~6ヶ月スパンならば可能だと思われるので、順を追って適当にやっていこうと思います。

 

 またしても起きてしまった震災。遠く離れた地ながら、非常に心が痛み、毎日自分の事のように気になっていました。勿論、2011年の事が生々しく記憶に残っているのが大きな理由である事は否定しようがありません。

 そんな中で、かつてジェフでも最後まで諦めずに走り続けたあの男が立ち上がり、故郷を救おうと立ち上がっていたのには心を打たれました。本当に微力ながら、私も彼のプロジェクトに協力しています。

 この1ヶ月後にこんな事もあるしで、本当に恐ろしいです。日本に住んでいる以上、常に気が抜けないという事なのでしょうね。

 

 これぞまさにミラクル。誰も予想し得なかった、レスター・シティプレミアリーグ優勝。その中心メンバーに、日本人選手が名を連ねている…何と誇らしい。

 波乱万丈のフットボーラー人生を送ってきたヴァーディの半生を映画化する、という噂を目にしましたが、あの後プロジェクトは進んでいるのでしょうか? もしこの企画が実現した場合、岡崎を誰が演じるかにも非常に興味は尽きないところです。

 

 家族が始めて経験する冠婚葬祭は、往々にして誰かがナーバスになりがち。多分に漏れず、今回もその矛先の多くが私に向かい、目出度い行事のはずなのに非常に複雑な気分で終える結果となりました。

 そこまで忙しかったわけでもないのですが、本当に何も出来ない状態で(PCに触れない時間が非常に長かったせいもあるだろうが)、東京に帰ってきた時はちょっとだけ浦島太郎気分でした。とにかく目まぐるしい印象だった2016年5月です。

 

 すっかり彼も売れっ子役者になりましたね。あまり大きな役が多いわけではないですが、要所要所で耐える事無くドラマ出演を続けている印象です。『ロクタロー』での即興コント企画では、六角・石倉と共に周囲を凍り付かせていた、もしくは失笑を買っていたのが遠い昔の事のようです。

 

 今住んでいる街での出来事です。風景だけでなく、人も殺伐としています…平日の夕方から泥酔するなよと言いたい。

単なる十一月日記

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 見事試練を乗り越え、自らの目標を達成した友人のお祝いを兼ねて散策。写真だけだと何とも面白みに欠ける記事に。

 お洒落スポットにある古墳は往時の姿を窺い知る事は難しく、高級住宅地に眠る古代の生活の面影は看板一枚で済まされている始末。何とも拍子抜けだった。

 個人的に妙に琴線に触れたのが、私にとって非常に縁の深い房総半島のとある街と、広尾の夕方の時報の音楽が全く同一の音源であった事。全国的に各自治体に配布されているものなのかもしれないが、あの田舎町と世間で持て囃されている街に共通点があるという事に感じ入るものがあった。都会の街並みの中、遠い故郷を想うような気持ちであったのかもしれない。もっとも、彼の地(房総半島)は頻繁に訪れているので決して遠く感じる土地でも何でもないのだが…。

Kerolog has gone

 先日、友人と会った際に色々と過去の話題が出ました。その最中に自分の話を補強しようと過去に公開したポッドキャストを聞かせようと思ったのですが、ポッドキャスト用ブログ(“United Minds the Podcasting”)がいくらクリックしても繋がりません。
 我が端末のGoogle Chromeの調子が悪いのでそのせいかと思ったのですが、ブラウザを変えても結果は同じ。不審に思って検索してみたところ、あまり芳しくない結果が次々に表示されました。

ケロログ - Google 検索

 出てくるのは「終了」「消滅」といったネガティヴな文言ばかり。しかも問題なのは、公式に準じるサイトが全くヒットしない事。ヒットした個人ブログやこの件に触れたツイートによれば、何のアナウンスもなく唐突に繋がらなくなったらしい。

 Wikipediaのページによれば、未だに「現在運営中」のようですが…(2017年9月30日時点)。

ケロログ - Wikipedia

 ページ内にある公式サイト2つも、当たり前のようにページが消えている始末。

 情報を求めて某巨大掲示板なども見てみましたが、ドメイン切れもしている模様。復活の可能性も残されてはいるのでしょうが、今までの事を考えればその望みも非常に薄いものだとか。

 

 私は既にブログサービスの終了は経験していて、それはスピサン名義で更新していた旧“United Minds”(当初は“spiritual UNITED”のタイトル)のぷららBroachがそれにあたります。だがこちらは半年以上前から終了を告知していたようであり、終了後も数ヶ月の猶予をユーザーに与え、データ引継先も斡旋するなど、手厚いサポートをしてくれました。

micalaud.hatenablog.com 私はこちらのはてなブログに“(Revenge of the) United Minds”を新設してからは旧ブログにログインしておらず、あの時もサービス終了後に自分のブログの消滅に気付いたのですが、以上のような猶予期間のお陰で無事にデータを引き継ぐ事が出来ました。

micalaud.hatenablog.com

 大手企業のNTTぷららだからこその処置だったのでしょうが、ここまでしなくとも事前の告知、データ引継の猶予くらいは最低限すべきだと思うんですよね。まして、何のアナウンスもないというのは、かなり問題があるのではないかと。
 私の記憶が正しければ、ケロログは有料のプレミアム会員を募っていたはず。そういったお金を実際に払った人にはどのような補償が行われるのでしょうか? 自分は気楽に無料で限られた容量の中で利用していただけですが、企業として少々問題があるように思います。

 

 もっとも、私自身ポッドキャスト企画が終わってからは全くログインしておりませんでした。それどころか、訪れてすらいなかったと思います。最後に更新したのは、収録時間が大幅にオーバーした第1回目の完全版をアップした時だったはず。それが2014年の秋だったので、3年程度はログインしていなかった事になります。
 最後の回をアップした時点で、ケロログ無料会員の私のブログ容量はほぼ限界に近付いていました。あと1回分アップ出来たかどうか程度の残り容量しかなかったので、今後更新を再開するにしても過去のデータを消していかなければ運用は不可能でした。
 先輩のCloud9氏と音楽について語り合うポッドキャストを企画したりもしましたが、結局はこれも流れたままになっています。

 

 上では色々とケロログの問題点について苦言を呈しましたが、このブログサービス自体に悪い思い出はありません。少なくとも、更新がままならなくなった旧ブログの状況の打開をポッドキャストに求めた時は、私も希望に満ちていました。
 すぐに現実を知り、数回をこなしてからはモチベーションが低下、以後は編集作業の大変さとネタ探しの苦痛さに根負けし、終了を決意したわけですが、番組制作を理由に様々な土地を訪れる事自体はとても楽しいものでした。
 唯一後悔があるとすれば、埼玉県まで歩くという無謀な企画を敢行した事くらいです(ちょっとしたトラウマになるくらいで、未だにあの時の光景が脳内にフラッシュバックする程)。

 

 一応、全ての回の音声ファイルは手元に残っていますし、ケロログの方にコメントを頂いたりする事もなかったので特に心残りはありません。

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 旧United Mindsのように他のサービスを探して再び音声ファイルを置く事もやろうと思えば出来るのですが、いい機会なのでこれでポッドキャストは終わりにしたいと思っています。今後、このブログで引用するような機会もなく、私自身も聴き返す事もないだろうと思うので。
 ポッドキャスト“Speak Like a Child”に協力してくださった方々には、この場を借りてお礼を申し上げたいと思います。本当にありがとうございました。
 まだ先になるとは思いますが、このブログからのリンクも外すか、もしくはデッドリンクである事を明記していく予定です。

 

 しかし怖いのは、このように突然何の予告もなくブログサービスが終了するという現実。まさか現在利用中のはてなブログGooブログがこのような末路を辿るとは思えませんが、ブログサービスもどんどん減っている現在、ポッドキャスト用ブログは更に数を減らしているはず。
 感じるのは、寂しさというより不安。「やりたい事」に対し「やれる事」の選択肢が少なくなるのは、あまり歓迎すべき事態とは思えません。

単なる七月日記

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 良くも悪くもいつも通りでしたが、祭礼中に怪我人が出たようです。

 真夜中にサングラスをかけて歩く行為は穏当ではありませんが、厄介な人物を回避するには非常に役立つと改めて認識しました。