Go Go Go Castle
昨年、故郷に突如出現した城址(正確には堀跡)。
記事中の写真でも紹介した史跡紹介のための看板には、まだ見ぬ別の城の存在も記されており、好奇心を刺激されたのでした。
実は前述の記事の堀跡を訪問した翌日、インターネット上の情報だけを頼りに早速現地へと向かっています。
散歩がてら、城址があるとされる山中に入ったはいいのですが…。
そもそも原典の資料を参照したり、この地の歴史を把握したりして向かったわけではなく、ネット上で在野の研究家の方々が書かれたサイトを孫引きしている程度の甘さなので、現地を見ても何ら具体的なイメージが湧いてこない状態。
これらは城郭の跡地か、土塁か、空堀か…何となく見た目の印象だけで写真を撮りましたが、恐らく城郭の中心部と思われる場所には農耕に励まれる方もおり、核心には迫れず。データの拠り所をネットの歴史サイトに求めるわけにもいかず、記事にするだけの説得力を持てずに一年以上放置していました。
この丘陵が、城の中心部であったとされています。
急傾斜の上にあるので、城を置くには適した場所だったのではないでしょうか。勿論天守がある時代よりももっと前のものですが、往時はここから館の一部くらいは見えたのではないかと思われます。
この城の存在は常に意識しながらも、記事にする事はほぼ諦めていた昨年。しかし年明けに事態は動きました。昨年から史跡化と住民向けの歴史フィールドワークに力を入れ始めた自治体が、解説員を招いて城跡を紹介するワークショップを開催(歴史ガイド育成という名目)。しかもその解説員は私がネットで参照したサイトの管理人であるという。残念ながら私はそこには参加出来ませんでしたが、このイベントで配布された城の全体図を入手したので、1年ぶりに再訪する事にしました。
何となく回り道をするのが億劫に感じられ、上記画像下部中央の暗がりに山道を発見した私は、初めて通る場所にも関わらずショートカットを試みる事にしました。
現在の城跡は耕作地となっており、恐らくそこへ向かうための道として使われているのでしょうが、昨年の度重なる台風によると思われる影響が出ており、ご覧の通りかなり荒廃しています。アイス片手に気軽に登っていい道ではなかった。
台風被害の顕著な例。大きく滑落した土砂が行く手を阻みます。
この画像ではわかりにくいですが、道だったと思しき個所は抉り取られ、歩けるスペースは僅かしか残っていません。
この心許ない道らしきものを、右の急斜面にしがみつくようにして進みます。崩落の危険性は高く、引き返す事も考えました。これだけの山中では自治体も対策を行うとは思えず、恐らくこの道は近い将来封じられるのではないでしょうか。つくづく気軽に足を踏み入れていい場所ではなかったと実感…。
難所を乗り越え、無事に山頂に到着。
城郭の西部にあたる場所で、何やら樹木が植えられていました。
時は鎌倉幕府崩壊直後。京都にて足利軍が新田・楠木軍と一進一退の攻防を続け、遂に破ったまさにその年。暮れには南北朝時代が幕を開ける動乱の中、ここ下総の地でも名門・千葉家が一族内で骨肉の争いを繰り広げていました。
中央の流れとは関係なく、地方の片隅で行われた勢力争い…と思われるかもしれませんが、実は南北朝の争いと密接に結び付いており、一族の中で北朝に付いた者と南朝に付いた者の争いでもあったのです。
ネット上での資料検索には限界があり、諸説ありすぎて詳細を掴もうにも少々混乱していますが、ともかくそういった時代の流れの中での一族内での争いの舞台の一つがこの城のようです。
昨年は立ち入れなかった、城郭の中央部と思われる場所。
この城全体がそうであるように、現在は畑になっています。勝手に入るわけにはいかないので、道から撮影。
先述のワークショップの解説によれば、高台に位置しているのは敵の侵入を防ぐため、領内の住民を戦時に匿えるようにするためだという事。
現在放映中の大河ドラマ『麒麟がくる』第1話でも、斎藤家領内の農民が合戦時に稲葉山城内に逃げ込んでいる描写がありましたが、城にはそういう役割もあったわけです。
城郭の北西部に張り出した部分。耕されていない畑がありました。
このすぐ近くに墓地や神社が存在しますが、それはあくまで城外に置いてあり、城郭内にそういったものは入れないようにしていたらしいです。
このすぐ近くにも山道らしきものがありました。
つい先刻強烈な場所を通ったばかりなので、さすがにここへ踏み出せるほどの度胸はありませんでしたが。
この城は城主も不明、南北朝時代以後の顛末も不明と謎に包まれています。唯一記述のある原書は読んでみたいと思っており、もしそれが叶えば再び記事にしたいと思います。いずれにせよ、来月になれば早くも虫や爬虫類が暗躍し始めますので、今年の探索はこれで終了となりますが。
更に、前述の地図によればこの近くにもう一つ古城が存在していたとの記述も。
この記事で訪れた神社が、まさにその城址であったとの事。ちょうど10年前の出来事ですが、その数字よりも「震災前の出来事」という事実に時間の経過を感じてしまいます。
自治体の積極策の一環か、ここにも案内の看板が出来ています。
ライトアップはこの敷地の管理者の方が自主的に行っているのかもしれません。
実は今年に入ってからここも訪れているのですが、この案内板以外には特にこれといった解説は記されておらず、10年前に訪れた時と何も変わっていませんでした(それ以降もちょくちょく散歩コースとして通っていますが)。切通らしきものがあるのは何となくわかりますが、自分のように上澄みだけの調査で訪れている人間には詳細がわかりません。前述の歴史サイトの管理人の方々も、ここには手を焼かれているようで遺構が見当たらないとか。資料も少ないようです。
その後に名を知られ、特に戦国時代以降に作られた城でないと全容を知るのは容易ではありません。私も研究をするのならば、もっとちゃんとした資料を参照しなければならないと痛感した次第です。
I am 2020 Year Boy
来月、TM Networkの35周年を総括するベストが発売される。
ファン投票によるコンピレーション。今まで何度この手の企画が行われたか、数が多すぎて定かではない。メーカーによる独断、もしくは無理な納期でスケジューリングに失敗したが故にベストを乱発してきた彼ら。私は活動中に発表された『Gift for Fanks』以外には殆ど意味を持たないと思っているが(例え未発表曲や新曲が入っているとしても)、今回に関しては数年前にTM熱が再発してから初のリリースであるし、かなり態度を軟化させていた。
いつまでも中学生時代に買ったCDで過去の音源を聴く事にも疑問を持ち始めており、そろそろリマスターされた音を欲していたタイミングでもあったのだ。
更に、現存しないであろうと思われていた幻の初蔵出し音源の収録も決定しており、もはや1曲のためだけに購入せざるを得なくなった。
メンバーである木根氏の著作などで、タイトルだけはコアなファンに知られていた「グリニッジの光を離れて」。メジャーデビュー前のステージでのみ演奏された、正真正銘のレアトラックだ。「偶然発見された」という文面が何とも白々しい事この上ないとはいえ、この発表には胸が躍った事を正直に告白する。TMに関する情報でこれほど驚いたのは、本当に久し振りである。
何しろ、曲名からしてこちらのイマジネーションを想起してやまない名タイトルだ。初期TMの世界観を象徴するようなファンタジックさ、少年期の青さ、そしてSF要素に溢れている。
つい先程、元ネタを発見してしまって少々がっくり来た事には、ひとまず目を逸らしておきたい。 2ndアルバム『Childhood's End』もArthur C. Clarkeの引用だったのだから、今更動揺する必要もないのであるが。
今回のファン投票に関しては、私も行っている。
ただし、この時点ではベストを買う事に意味を見出せておらず、せめて購入動機に繋がる事だけを望んで入手困難なトラックのみに投票した。自分がその曲を好きかどうかはほぼ度外視しており、およそ“FANKSが選ぶ10曲”という趣旨にはふさわしくない選曲であった。
本当の意味で10曲を厳選するならば、このラインナップになる。投票は出来なかったが、こういう形で表明しておきたい。過去の思い出や思い入れを選考基準には加味せず、あくまで2020年の今日に好きな10曲がこれである。
"Twinkle Night"
Electric Prophet 電気じかけの預言者
"Gorilla"
Confession 告白
Girl
Maria Club 百億の夜とクレオパトラの孤独
Fool on the Planet 青く揺れる惑星に立って
Here, There & Everywhere 冬の神話
"Human System"
"Major Turn-Round"
Message
Pale Shelter
Cube
以前ベスト10を発表した事があるが、今回は仮想の投票を前提としたので、あくまでリリース順に並べている。
多くのFanksからすれば異論はあろうが、私は復活第1作の『Major Turn-Round』が好きだ。“終了”前の作品と同等か、もしくはそれ以上の出来であると思う。収録曲「Ignition, Sequence, Start」「We are Starting Over」も入れたかったが、泣く泣く削るしかなかった。
ヒットを目指し若者に訴求するための大衆性と、最新機材や海外音楽の先端を消化した革新性のせめぎ合い。それがTMの魅力であり、最大の存在意義である事は理解している。確かに『Major Turn-Round』は3人が好きだったプログレを思う存分追求したアルバムであり、オリジナリティという点では最初の10年の作品には及ばないという事は認めざるを得ない。
だが、ミュージシャンたるもの好きな音楽を突き詰めたいという欲求があるのは当然だと思うし、その衝動から生み出されたものが素晴らしい結果を生む事が多々あるのは、ロックの歴史が証明している。そういったマジックをTMが起こした事が嬉しいし、時を経るにつれこのアルバムの楽曲は輝きを増していると思う。正直に言えば、プログレが得意でない自分がこう評価するのだから間違いない。
それはあくまでロックを愛好する自分だから、そういう考えに至るのかもしれない。実際、ここに選んだ楽曲は、いわゆる世間に知られるダンサブルな“小室サウンド”的(ハウス、R&B, ヒップホップ、トランス、EDMなど)な特徴を持った曲よりも、ロックやニューウェーヴといった先人の遺産を新解釈した流れのものが多い。それは、TMに出逢って以降に聴いた様々な音楽が大きく影響している。
結局、TM35周年のアニバーサリーイヤーは、昨年の『Last Groove』上映と、このベスト発売のみが大きな動きとなった。
無駄に年齢を重ね、それなりに音楽を聴き続けてきたが、TM自体を嫌いになった事など一度もないし、それはこれからも変わらないだろう。もう多くは望まないが、このような未発表音源発掘が適切な形で行われてくれればそれで十分だ。私は、私なりの形で今後も彼らを見守っていきたい。
Twitter and the Monkey Man Spring & Summer 2019
ネタはいくつかあってもじっくり文章を書く時間がないので、恒例のツイッター振り返り記事を更新します。今回の対象期間あたりから意識的にツイート頻度を上げたので、また春夏秋冬1シーズンごとのまとめ方に戻しても問題ないくらいにはツイート量がありました。とはいえ、あまり連発するような企画でもないと思うので、今後も半年に1回ペースのまま行っていこうと思います。
最初の音楽的パートナーと呼べる友人が、中学時代に私の元に残していった音源を久々に聴きました。身内の贔屓抜きで、中学生離れした完成度のアレンジばかりで才能を感じます。近年はとある界隈のDJとして熱心なファンがつくくらい人気を博していたようですが、それも納得。
— ミカ・ラウド (@MicaLaud) 2019年4月6日
彼はクラブミュージックへの傾倒によりバンドへの興味を失い、私とは高校時代に疎遠になってしまいました。ネット上でもその消息は10年前に断たれていますが、せめてあと一度くらいは会って話してみたいものです。
— ミカ・ラウド (@MicaLaud) 2019年4月6日
当時から凄い奴だなぁ、とは思っていましたが、現在の耳で彼の習作を聴いてもそう思うのだから本物だったと思います。
彼のネット上での痕跡は10年前を最後に消えていましたが、この記事を書くにあたって検索してみると5年前のクラブイベントの告知にその名があります。しかも、メインアクト(DJだからこうは書かないのかな?)はクラブ・ミュージックに疎い私ですら知っている海外のビッグネーム…こういったイベントのシステムがわからないので彼がどのような関わり方をしているのかまではわかりませんが、確実に名を成したと言っても過言ではないでしょう。ツイートした時に彼と共作したデモ(と呼べるほどのクオリティでもないが)も一緒に聞きましたが、もはや埋め難い差が付きましたな。
とはいえ、自分が認めた旧友が今でも音楽というフィールドで活躍しているのは大変喜ばしい事です。今更そこに追い付こうという気もないですが、かつての仲間が頑張っているのを知れば自分もやれる事をやろうという気にはなりますね。久々に会っても話題が全く合わないだろうけど、それでも一度でいいからちゃんと話してみたいなぁ。
5月なのに突如上がった気温の中、何故か風邪を発症。窓を開けて寝たわけでもないのに何故だ。一昨日は頭痛、昨日は喉の痛みでまともに眠れず。今夜もそれが繰り返されるのはほぼ確実で、とても憂鬱だ。
— ミカ・ラウド (@MicaLaud) 2019年5月27日
一晩寝たら熱や頭痛は緩和されたので昨日は普段通り過ごしていたが、昼過ぎから喉が痛み出し、まともに飲食出来ない程になった。暑いから喉は渇くのだが、水分を摂るのにかなりの覚悟を必要とする状態が続いている。喉の痛みといってもシリアスには受け取ってもらえない事が多いだろうが、本当に辛い。
— ミカ・ラウド (@MicaLaud) 2019年5月27日
1月末のインフルエンザに始まり、通院回数の多い年でした。風邪に関しては2回罹患し、どちらもかなり性質の悪い喉風邪でなかなか完治せず。この時に関しては2回も医者に掛かっており、 その症状の重さをわかって頂けると思います。
インフルエンザもこの時の風邪も(2回目は季節外れの薄着で歩き回ったせい)感染経路が判明しておらず、そうなると現在日本のみならず世界を不安に陥れているあのウイルスも他人事ではありません。少なくとも自分の場合は、最大限に警戒してもやり過ぎではないと思います。ただし、警戒しようにもマスクも除菌グッズも店に並んでいない状態なので、有効な対抗策を講じられるかどうかは疑問が残りますが。
長年営業を停止していた地元の駄菓子屋が解体されているのを確認。ファミコンを買ってもらえなかった私は『源平討魔伝』に始まり、『ザインドスリーナ』『1943』『くにおくん』『スト2』『ファイナルファイト』『トリオザパンチ』など、ここに置かれていた様々なゲームで貴重な小遣いを浪費しました。
— ミカ・ラウド (@MicaLaud) 2019年6月22日
調べてみたら、どのゲームも数年遅れで導入されていたようです。最後にプレイした記憶があるのは、4~5年遅れで入った『デスブレイド』でしょうか。私の上京後にはもう営業を停止していた記憶がありますが、思い出の場所が完全に消えてしまうのは少し寂しい気もします。今までありがとうございました。
— ミカ・ラウド (@MicaLaud) 2019年6月22日
ここの店主は我が祖父と顔見知りだったようですが、どういう関係だったのかはわからない上、今となっては確認する手段もありません。確かなのは、私がこの店に通っている事は度々祖父に報告されていたという事だけ。
— ミカ・ラウド (@MicaLaud) 2019年6月22日
幼少期のゲーム体験の事は過去に何度かブログ記事にしていますが、その舞台の殆どはこのツイートで指している店の事です。
当時はとにかく情報が少ないので、故郷のアーケードゲームトレンドはここで稼働しているゲームによって作られていたと言っても問題はないと思われます。それだけ、近所のガキ共には絶大な影響力がありました。
前述通り、我々の世代が高校を卒業した辺りから入り口を閉ざしたままだった印象があります。少なくとも、かなり長期間営業していなかったのは確実。ゲーム筐体を運び出している映像が脳裏に蘇ってきましたが、これは果たして現実にあった事なのか、フェイク・メモリーだったのか。それすら茫漠とするほど店を閉じてから時間が経っているという事です。
営業再開の見込みはなく、仮に営業再開したところで入る事もないでしょうから、このような結末を迎えるのは明らかだったのですが、それでもいざ店舗が消えるとなれば様々な記憶が蘇りますし、寂しく感じてしまうのは仕方のない事。
中川家DaysはANNPに比べ、「ラジオCMを作ろう」のような彼らの即興性と人間観察力を活かせるコーナーがないのが不満でしたが、「BGMリクエスト」で見事に解決した感があります。今後も期待しています。 #days1242
— ミカ・ラウド (@MicaLaud) 2019年7月1日
剛の「僕は絶対(タピオカを)飲まない」発言から始まる「番組とかで飲めと言われても?」「飲まない」「何故それは飲まないんですか?」「……自信があるから」という定番のやり取り。彼に倣うわけではありませんが、私も飲まないと思います。 #days1242
— ミカ・ラウド (@MicaLaud) 2019年8月26日
オールナイトニッポンプレミアム終了と共に始まった中川家の新しいラジオ番組、DAYS火曜日。以前ほど毒のあるネタは行われませんが、面白さのクオリティは全く下がっておらず、毎週の楽しみになっています。昼の時間帯の帯番組の宿命か、休止が結構あるのが残念ですが、このまま末永く続いてほしいと思います。
一週間遅れで受け取りました。何でしょうね、「Love」の涙腺を無闇に刺激する感じは。加賀氏が遺した「Blue」も格好良い。初聴き時より遥かに五臓六腑に染み入る感じがあります。名盤かどうかはわかりませんが、私には期待通りの作品でした。これを待ってたんだよ。 #TheGoodBye pic.twitter.com/e1UfOWH0ry
— ミカ・ラウド (@MicaLaud) 2019年8月30日
去年の8~9月の話題といえば、何といってもこの作品のリリースでしょう。既に記事にしているので今回は詳細には触れませんが、プロデューサーの川原伸司氏のトークイベント、及びツイッターでこのブログを知ってくださった方々との出逢いも含め、楽しい体験でした。ここ数年は別ればかりでしたが、まさかThe Good-Byeをきっかけに新たな出逢いがあるとは思いませんでした。
尋常でない風の音に起きたのが5時前。最初の停電時はすぐに電力が復活したが、その後の停電は続いたままです。携帯の電池はどれも切れる寸前。しばらく情報も得られません。
— ミカ・ラウド (@MicaLaud) 2019年9月9日
防災無線にて「今日中に電力が復旧しないかもしれない」という最上級の脅しをかけられたので、電池を求めて市内へ。被害は想像以上です。2011年は何とか凌ぎきった放置家屋も、軒並み大ダメージ。亡き祖父が愛した店に至っては横転していました。
— ミカ・ラウド (@MicaLaud) 2019年9月9日
キャッシュレス社会も結構な事ですが、非常時に電子マネーは役に立たないのが現実。その前にどの店も停電で臨時休業でしたが。炎天下を歩き回った末、「レジの電源が落ちるまで」という条件付きで店を開けてくれていたコンビニで電池を入手出来ました。感謝。
— ミカ・ラウド (@MicaLaud) 2019年9月9日
9月にツイートが多かった理由の、もう半分。昨日まで当たり前だった事が突如として非日常と化してしまう、という事は2011年に散々思い知ったはずなのですが、やはり狼狽えてしまうものです。
この後も千葉県には災害が襲い掛かりますが、我が故郷も含め何とか乗り越えていきたいものですね。
2019 買った新譜から10枚
ギリギリで12枚目の2019年発売新譜が届いたので、恒例企画を行いたい。リリース順に10枚を並べただけ。
Weezer (The Black Album) - Weezer
UC100V - Unicorn
Titanic Rising - Weyes Blood
Ventura - Anderson .Paak
Special ThanX - The Good-Bye
Cause and Effect - Keane
Why Me? Why Not. - Liam Gallagher
UC100W - Unicorn
From Out to Nowhere - Jeff Lynne's ELO
Hyperspace - Beck
過去の作品との出逢いも含め、邦楽の方が圧倒的に面白かった1年だった。何といっても最大のトピックは、The Good-Bye30年ぶりの新作だろう。
ただのノスタルジーではなく、内容も期待通り、かつ新たな一面をしっかり感じさせる充実の内容。メンバーやスタッフもかなりのプレッシャーがあったと思われるが、見事にそれに打ち克った作品になったと思う。昨年の1枚を選ぶなら、間違いなくこのアルバムである。個人的にも、2019年の彼らに関する出来事から様々な得難い発見や出逢いがあり、記念すべき1年となった。
そして100周年(!)を迎えたUnicornも、まさかのオリジナル・アルバム2作リリース。しかも、新たなフェーズに突入した事を高らかに宣言するような実験的意欲作。まだまだ進化と挑戦が止まらない5人のベテラン、この先も楽しみである。
洋楽はWeyes Blood, Anderson .Paakが白眉で、Jeff Lynne's ELOとBeckも概ね期待通りだったが、他はバラつきがあった。Keaneも活動休止から久々に復帰しての作品だったが、流石のクオリティではあるものの最大の売りであるメロディが些か鈍っているように思えたのが正直な感想。
他にも気になるミュージシャンは試聴を行ったが、それほど共感出来る内容のものはなかった。カリスマ的人気を得ているというBillie Eilishも当然チェックだけはしてみたが、いまいちピンと来ないまま購入を見送る事に。だが、先日とある方との会話中に彼女が話題に上り、再び興味を持ったので、そのうち入手しようと思っている。
再発はやはり『Abbey Road』が最大のトピックだったが、一昨年の『White Album』ほどの驚きはなかった。勿論、そこまで派手な差異ではないとはいえ、確実に音質はクリアなものになっていたのだが。
The Beatlesの話題ならば、今年は『Let it Be』の映像リリースが予定されている(詳細不明)。監督はなんと、『The Lord of the Ring』のピーター・ジャクソンだ。
メンバー間の確執、バンド崩壊を浮き彫りにしたかつての映画から内容を一新、あくまでミュージシャンとして制作に取り組む4人をクローズアップしたポジティヴな内容のものになるらしい。長年ソフト化が行われていなかった映画『Let it Be』だったが、ポールも遂にこの避けていた禁忌とでも言うべき作品を理想的な形にトリートメントし、“ビートルズ伝説”を確固たるものとするために腰を上げたのではないか。
意地悪な書き方をしてしまったが、確かに『Let it Be』収録曲の元となった『Get Back』セッションのブートを聴いていると、そこまで険悪さを感じないのも正直な感想である。ジョンが何かの物真似もしくはギャグをしつこいくらい連発し、ジョージが笑い転げている音声も入っていた。ジョージとポールの口論のようなシビアな場面もあったとはいえ、このように和やかな時間があったのもまた事実なのだろう。
ドキュメンタリー映画『Eight Days a Week』の時のようにサウンドトラックも発売されるだろうし、楽しみでないと言えば嘘になる。もし『All Things Must Pass』の50周年盤が実現すれば、個人的にはそちらの方にプライオリティを置きたいが…。
余談だが、The Beatlesの3作目の主演映画は『The Lord of the Ring』になっていたかもしれない、という話がある。
この記事は6年前のものだが、それよりずっと前に関連本で読んだ事があるのでそれなりに有名な話だったはずだ。ピーター・ジャクソンとの奇妙な縁である。
今年も、心を刺激してくれるような新たな音楽との出逢いを望みます。
There is a Shine That Never Goes Out
単なる正月日記
明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願い致します。
大晦日、というより正確には年が明けてすぐの恒例行事。今年も同行してくれた友人のyuz氏と、帰りにいつもの神社に寄る。
大晦日の恒例行事を終えてきたので寝ます。友人が近所の神社に連れて行ってくれましたが、暗闇の奥深くに灯りが点っている風景は人気の無さも相まって少し幻想的でした。漠然かつ安直なイメージですが、頭に浮かんだのは恒川光太郎『夜市』の光景です。
— ミカ・ラウド (@MicaLaud) 2019年12月31日
個人的には日中再訪するつもりだったが、結果としてこれが初詣となる。理由は後述。
夫を伴い妹が帰省。彼らとSWの話で盛り上っていたが、議論を深めようと身を乗り出したところで家族の話題は完全に『北の国から』に移行しており、肩透かしを食らう。例年通り友人からの新春散歩の誘いを待っていたが、誰からも連絡はない。日が暮れてしまうので、一人寂しくいつもの寺へ向かう。
冬ゆえに日が落ちるのは早い。明るいうちに出たつもりだったが、既にこの有様。元日なのに境内の明かりは消えており、照明はこの提燈のみ。昨年けんちん汁を出してくれ、今治タオルを商品として頂いた特設テントも人気は無い。
とても1年の最初の日とは思えない静けさだが、それが何とも不思議な気分にさせる。
これまた例年通り御神籤を引こうと考えるが、暗くて状況が判然としない。何とか代金を支払い、英字も併記してある籤を手探りで選んでみると、大吉を引いた。御神籤は比較的高い頻度で大吉を引いているが、それでも嬉しくないわけではない。お礼のつもりで御賽銭は100円を投入(奮発しているつもり)。
翌日、またしても一人で散策。昨年存在を知った新たな史跡へと向かう。
寒い季節でないと来訪が難しいのと(雑草、虫、爬虫類などが跋扈するため)、正月の冬晴れに史跡が映えると個人的に感じる(上記リンク参考)のがこの場所を選んだ理由だ。
祠に新年のお参りを行い、史跡に向かう途中に昨年の自然災害の爪痕を目の当たりにする。
年が変わったからといって、問題が自然と解決するわけでもない。前述の理由から春先以降この地は訪れていなかったため、ポスト災害のこの地を確認するのは初めてである。
そして史跡に到着。
更に掘り下げて当時の形に近付けると聞いているが、今の所特に変化はない。
昨年友人がしていた、絶望的な未来予想。
友人のyuz氏は「あと少しでここにはゴミが散乱するようになるし、最悪廃棄物の遺棄場所になるだろう」とディストピア的展望を述べていて、それを全く否定出来ない自分もいるのですが…(過去の経験の蓄積からの推測であり、偏見ではない)
ゴミらしきものもあったが…台風通過の際に飛来したものと考える事にしている。
変化の兆しはある本年。勿論90%以上の確率で空振りに終わるだろうが、それでも何かポジティブな動きがあると信じて、前向きに生きようと思う所存である。